カリスマYouTuber・ヒカキンが鈴木おさむに悩みを告白「動画投稿のペースを落としたい」 (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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カリスマYouTuber・ヒカキンが鈴木おさむに悩みを告白「動画投稿のペースを落としたい」

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西岡千史週刊朝日
AERAdot.5周年リニューアルを記念する対談で、日本のエンターテイメントについて語り合った鈴木おさむさん(右)とHIKAKINさん(撮影/写真部・大野洋介)

AERAdot.5周年リニューアルを記念する対談で、日本のエンターテイメントについて語り合った鈴木おさむさん(右)とHIKAKINさん(撮影/写真部・大野洋介)

鈴木おさむ/放送作家。1972年生まれ。高校時代に放送作家を志し、19歳で放送作家デビュー。多数の人気バラエティーの構成を手掛けるほか、映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍(撮影/写真部・大野洋介)

鈴木おさむ/放送作家。1972年生まれ。高校時代に放送作家を志し、19歳で放送作家デビュー。多数の人気バラエティーの構成を手掛けるほか、映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍(撮影/写真部・大野洋介)

HIKAKIN/YouTuber。1989年生まれ。高校生のころからYouTubeに動画を投稿し、高校卒業後に上京。2010年に投稿した動画「Super Mario Beatbox」が日本国内月間アクセス1位に。11年、フジテレビのアカペラ甲子園「ハモネプボイパリーグ」で優勝。同年12月にチャンネル登録者数日本一に。13年にはエアロスミスと共演を果たす(撮影/写真部・大野洋介)

HIKAKIN/YouTuber。1989年生まれ。高校生のころからYouTubeに動画を投稿し、高校卒業後に上京。2010年に投稿した動画「Super Mario Beatbox」が日本国内月間アクセス1位に。11年、フジテレビのアカペラ甲子園「ハモネプボイパリーグ」で優勝。同年12月にチャンネル登録者数日本一に。13年にはエアロスミスと共演を果たす(撮影/写真部・大野洋介)

 いま10代、20代の若者から圧倒的な支持を集めるYouTuber・HIKAKIN(ヒカキン)。人気絶頂ですべてがうまくいっているように見えるが、カリスマ的な存在になったゆえの悩みもあるという。YpuTuberを「日本の新しい文化」として注目している放送作家・鈴木おさむが、HIKAKINの”今”を聞いた。

* * *
鈴木おさむ(以下、鈴木):YouTubeで商品紹介をやりはじめたのはいつごろですか?

HIKAKIN(以下、HI):2012年ですね。コンビニで売ってるジュースやお菓子などでやってました。当時はそれでも新しかったんです。

鈴木:僕は2009年に「お願い!ランキング」という番組を始めたんですけど、予算が少なく、タレントを使わずにCGで番組を作るというルールだったんです。困っちゃったんだけど「スポンサーを気にしなくていい」と言われたので、好きなことをやれた。食べ物のランキングでも、上位だけではなく下位の商品も紹介したり、「カップ麺に何を入れたらおいしいか」みたいなことをやったりしました。今のYouTuberの動画と似たような感じですね。

HI:たしかに似てますね。

鈴木:今ではタレント性のあるYouTuberもたくさん登場して、クオリティーもどんどん高くなった。これは一過性のブームではなく「カルチャー」になったと僕は思ってます。今では、HIKAKINさんを見て育った人がYouTuberになりつつある。

HI:若い女性のYouTuberに「小学生の時から見てます」と言われたことがあります。

鈴木:だからこそ、僕はHIKAKINさんには動画をアップするペースを落として欲しいなと思ってるんですよ。自分のペースを崩さずに、長くやり続けて欲しい。

HI:最近は減らしているんですけど、それでもけっこうしんどいですね……。もちろん仕事はうまくいっているし、とても楽しいんです。それに比例するように、疲れがたまっていくという部分も、正直あるんです。


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