平昌五輪の主役は宮原知子だ! 驚異の18歳が秘めた「底知れぬ可能性」 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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平昌五輪の主役は宮原知子だ! 驚異の18歳が秘めた「底知れぬ可能性」

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全日本選手権3連覇中の宮原知子(写真:Getty Images)

全日本選手権3連覇中の宮原知子(写真:Getty Images)

 フィギュアスケートの宮原知子は実に輝かしい経歴を残している。

 14歳(中学3年生)の時に、全日本選手権で3位に入って頭角を現すと、16歳から18歳の現在まで、全日本選手権3連覇。高校2年生で初出場した世界選手権ではいきなり2位に入ると、昨季、今季と、グランプリファイナルで連続銀メダルを獲得した。

 こうした成績は、彼女の練習量の賜物である。身体能力が飛びぬけて高いわけではないという彼女は、誰よりも長い時間をかけてこつこつと練習し、踏み切りや回転不足を修正して、正確なジャンプを跳べるようになった。左回りだけでなく右回りもスピーディに美しく回れるスピンや細かいステップでも着実に得点を重ねられるようになり、長時間の練習でスタミナを得たことで基礎点が1.1倍されるプログラム後半にも高難度のジャンプを入れられるようになった。

 近年は、表現力のアップにも尽力している。宝塚歌劇団出身の講師やバレリーナの吉田都に、魅せ方や表現方法を習ったのちに臨んだ今シーズン、これまでとはまったく違う宮原がいた。たとえばショートプログラム『ムゼッタのワルツ』(『ラ・ボエーム』より)の冒頭。音楽の始まりとともに、目元と口元から、滑る喜びがふわりとわき上がる。上品な曲調と、少しタメのある腕の上げ下ろしが相乗する。“かっちり”としていた数年前までの演技とは、別人のようになった。

 人となりが見えるとスケーターとしての興味が自然と湧いてくるものだが、2015年4月の国別対抗戦の「応援姿」は、彼女にとってとても重要だったといえるだろう。このころはまだシャイで真面目な面がクローズアップされていたが、頭に巻いたハチマキに「日本」と書かれた日の丸の扇子を刺した姿で日本チームを応援する彼女に、スケートファンは一気に親しみを抱くようになったからだ。


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