第1190回 試行錯誤が続く「ふく」との距離

2016/08/25 10:34

 私は高齢の叔母をケアするため、昨年、叔母の家の近くに引っ越してきた。
 一人暮らしの叔母の家には2匹の猫がいた。17歳を超えた家猫「ふく」(写真、雌)と、元野良猫で誰彼なくすり寄っていく世渡り上手な「ちゃろ」だ。
 今年1月、叔母が認知症で施設に入ると、「ちゃろ」は自ら別の飼い主を見つけて出ていった。
 一方、「ふく」は極度の臆病猫で、飼い主以外の人間には懐かない。以前、私が泊まりがけで遊びに行くと、私が帰るまでずっと縁の下に隠れていたくらいだ。
 このままでは「ふく」が餓死してしまう! 私が毎日餌をやりに行くしかない。わが家には犬がいるので、「ふく」を連れ帰ることができないのだ。
 空腹には勝てないのだろう。「ふく」はかなりの距離を置いて姿を現すと、ニャーと鳴いた。そのくせ近づくと逃げるので、皿にキャットフードを入れるとすぐに帰るようにしていた。
 やがて、彼女の左目から絶えず涙が流れていることに気づいた。早く目薬をさせるまでに心を許してもらわなくてはならない。
 遠くに置いていたキャットフードの皿を少しずつ引き寄せ、私のそばで食べさせるまで1カ月かかった。
 体に触れようとすると跳び上がるほど驚いていた「ふく」が、尻尾を立てて私にすり寄ってくるまで2カ月。そして3カ月が過ぎた頃、遠慮がちに膝に乗ってきた。ゴロゴロとのどを鳴らし、前足で私の膝を踏み踏みする。
 人けのない、風が吹けば戸がガタガタ音をたてる古くて広い家で、たった一匹でいる。その心細さを思うと不憫で涙が出そうだ。
 まだ少し私に警戒心を残している「ふく」。彼女とのさらなる信頼関係をどう築いていこうかと、試行錯誤の日々なのだ。

あわせて読みたい

  • 涙が涸れたころにやってきたシャイな黒猫「神様が届けてくれたのかな」つらい日々を癒やす
    筆者の顔写真

    水野マルコ

    涙が涸れたころにやってきたシャイな黒猫「神様が届けてくれたのかな」つらい日々を癒やす

    dot.

    10/9

    第1138回 息子の帰り待ち続けるおじさん猫

    第1138回 息子の帰り待ち続けるおじさん猫

    週刊朝日

    8/13

  • 第1086回 車で毎日ご出勤のふっく

    第1086回 車で毎日ご出勤のふっく

    週刊朝日

    7/31

    愛猫は最期、甘えた声でナァーンと鳴いて深い眠りについた 闘病と介護、余命に向き合った3カ月
    筆者の顔写真

    水野マルコ

    愛猫は最期、甘えた声でナァーンと鳴いて深い眠りについた 闘病と介護、余命に向き合った3カ月

    dot.

    1/1

  • 「ママ見つけた!」福島からやってきた“被災猫” 新たな家族と暮らした4年間
    筆者の顔写真

    水野マルコ

    「ママ見つけた!」福島からやってきた“被災猫” 新たな家族と暮らした4年間

    dot.

    4/23

別の視点で考える

特集をすべて見る

この人と一緒に考える

コラムをすべて見る

カテゴリから探す