■元監督や元コーチたちの行動の裏にある「損得計算」

 この事件に対して、多くの危機管理専門家たちは、元監督と元コーチの対応の遅さを批判している。しかし、そこに問題の本質があるのではない。たとえ元監督や元コーチが素早く対応していたとしても、元監督や元コーチが悪質タックルを命令したのではなく、学生が追い詰められてやった行動と公言していれば、結果は同じだっただろう。それゆえ、問題の本質は対応の遅さにあったのではない。

 問題の本質は、日大の元監督や元コーチたちが一貫して「損得計算」を行動原理として行動していた点にある。それは、損得計算して得ならば行動し、損ならば行動しないというシンプルな行動原理である。おそらく元監督や元コーチは、現在の日大の選手のレベルでは関西学院大学には勝てない。それゆえ、損得計算すれば、相手の選手を直接ケガさせた方が得だと判断した可能性がある。また、悪質タックル問題発生後も、真実を語れば、マスコミや国民から非難されることになり、損をするので、問題を先送りにし、やり過ごそうとした可能性がある。

 このような損得計算にもとづく一貫した経済合理的行動に、この事件の本質的な問題がある。この行動原理に従えば、元監督や元コーチは、意識的であれ無意識的であれ、日頃から損得計算を行うために、選手を物品や備品のような消耗品として扱っていたのではないかと思われる。というのも、一人ひとりを固有の価値をもつ人間として考慮すると、損得計算ができなくなるからである。

 しかし、このような経済合理的な行動原理に従うと、われわれはいつかどこかで不正で非効率的な状態を維持し隠蔽する(改革しない)ことが合理的という「改革の不条理」に出くわすことになる。つまり、このような問題の先送り、見過ごし、やり過ごしといった意思決定は、人間が無知で非合理的だから起こるわけではない。むしろ、人間が合理的であるために起こるのである。

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日大アメフト部の加害選手が示した答えとは?