東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
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小池百合子東京都知事 (c)朝日新聞社
小池百合子東京都知事 (c)朝日新聞社

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 石井妙子氏の『女帝 小池百合子』が大きな話題となっている。小池都知事の半生に迫るノンフィクションで、ひとことでいえば氏の人生は嘘だらけだというのが著者の主張だ。

 その嘘のひとつが学歴詐称である。小池氏は1976年にカイロ大を卒業したことになっている。それが詐称との疑惑は90年代からある。それが復活したかたちだ。

 学歴詐称は公職選挙法違反である。事実なら7月の知事選で再選を目指す小池氏にとって致命的だ。とはいえ、石井氏の著作は状況証拠により疑惑を強化してはいるが、決定的な新事実を掘り出したわけではない。6月8日にはカイロ大学学長名で卒業を認める声明も出されている。カイロ大自体が信頼できないとの声もあるようだが、そこまで疑うと陰謀論や外国蔑視に近づく。新たな物証が出てこないかぎり、これ以上の展開は望めないだろう。

 けれどもそれは小池氏が知事にふさわしい政治家であることを意味しない。学歴詐称ばかりが話題になるが、石井氏の著作の肝はむしろそれ以外の部分にある。小池氏はカイロ大を卒業したのかもしれない。けれども首席卒業との申告を含め、自分を飾る小さな嘘や誇張を重ねてきたことはたしかなようだ。その振る舞いは政界入りしたあとも変わっていない。1千万都民の生活を託すには、あまりにも危うい経歴なのだ。

 そこには個人の資質以外の要素もある。小池氏は昭和20年代の芦屋で生まれている。石井氏によれば父は山師のような人物で、生家には苦労が多かったという。そんななか彼女は強烈な劣等感と成功願望を抱き、男尊女卑が激しい昭和期の日本でなりふり構わずにのし上がろうとした。着物を着て媚を売ることもあった。その経験が彼女をつくっている。かりに彼女が「怪物」だとしても、それを生み出したのは私たちの性差別的な社会のほうではないのか。

 筆者は4年前の知事選で小池氏に投票している。そして後悔している。希望の党騒ぎには怒りを覚えたし、コロナ対策でもパフォーマンスが目立つ。つぎは彼女に投票しない。けれども氏の人生を単純に否定できないとも思う。

AERA 2020年6月22日号