最近の著書で戦後日本政治を総括したジャーナリストの田原総一朗氏。トランプ大統領の誕生から、安全保障を真剣に考えなければならなくなったと語る。
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私は、岸信介氏や、田中角栄氏以後、宇野宗佑氏を除くすべての首相と一対一で会い、言うべきこと、言いたいことを主張し、論議してきた。
今度、発刊した『戦後日本政治の総括』(岩波書店)は、歴代首相との表に出ていない本音のやりとりを記した書である。その中で、私が心底から共鳴し、わが人生のほとんどの中軸となっていたのが、宮沢喜一氏の考え方、いわば宮沢理論であった。
現在の日本の憲法と自衛隊の存在は、誰が見ても大きく矛盾している。憲法9条の2項で、戦力は保持しない、国の交戦権は認めない、と謳っていながら、自衛隊は戦力も交戦権も保持している。
自衛隊が作られたのは1954年、自由民主党が発足したのは55年である。最初の首相である鳩山一郎氏はこの矛盾を解消するため、自主憲法の制定、つまり憲法改正を主張した。岸信介氏も憲法改正を打ち上げた。いずれも当然の主張だと思う。
ところが、池田勇人、佐藤栄作両氏以後は、どの首相も憲法改正を口にしなくなっている。
そこで、71年秋、当時自民党の頭脳派の象徴的存在で、「ニュー・ライトの旗手」とされていた宮沢氏に会った。今にして思えば、無名のジャーナリストであった私によく会ってくれたものだ。場所は、東京都千代田区一番町の宮沢事務所であった。
私は宮沢氏にいきなり、池田勇人、佐藤栄作両氏は、憲法と自衛隊が大矛盾しているのをごまかそうとしているのではないか、と問うた。すると、宮沢氏はいささかのためらいもなく、柔らかな口調で話し始めた。
「私はね、日本人というのは、どうも自分の体に合わせて洋服を作るのは下手だと思うのです」
そして、笑顔で私の反応を見た。
「それに対し、押し付けられた洋服に体を合わせるのは上手なようです」