三島さんと最後に会ったのは、自決する一週間ほど前、あの人が大好きだった日劇の楽屋でした。珍しくたった一人で、正装で現れたんです。抱えきれないほどの深紅の薔薇を抱えて。メーキャップをしていたら、鏡越しに暖簾の向こうにズボンとエナメルの靴が見えたんです。「だれ?」と叫ぶと、「三島です」とゆっくり入ってきた。珍しくプライベートなことを話しました。きっと、これから自殺することを気づいてほしかったんだと思います。あのとき気づいていれば。
そしてあの日、知人から舞台寸前の私に電話が入ったんです。テレビをつけると、三島さんがバルコニーで演説している最中だった。とうとうやったかと思いましたね。
いま、三島さんは生きていなくてよかったと思いますよ。こんな時代を見なくてすんだから。
「文豪は年を取ってから世紀の傑作ができるときもある」
と言ったら、彼は、
「自分は嫌だ」
と言いました。
「床柱を背にして、紬の着物を着てふんぞり返っているようなのは、俺には似合わない」
とね。(談)
※週刊朝日2000年12月29日号より