

TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、映画『この世界に残されて』について。
【今回紹介した映画『この世界に残されて』の場面カットはこちら】
* * *
この映画には二人の主人公が登場する。それは42歳の婦人科医アルドと少女クララ。ナチス・ドイツのホロコーストを生き残った者同士である。
「古いアルバムを見てみるといい。ただ自分には辛くて見られない」。そんなアルドの置き手紙にクララはアルバムを開く。そこには妻との結婚式の写真が貼られていた。そして二人の子供たちも。
モノクロームの写真は無言なのに、そこからは微笑みと小鳥のさえずりさえ聴こえてきそうだ。凄惨な殺戮シーンはないが、それだけにアルドがいかに過酷な時間を過ごしたかを物語る場面だった。
僕は写真の力を知った。映画『この世界に残されて』は、ハンガリーだけで56万人ものユダヤ人が殺戮されたという事実を、抑制をもって指し示す詩のような作品だった。
1948年、第2次世界大戦後のハンガリー。ホロコーストで両親と妹を失ったクララは16歳になるのに初潮がない。それを心配した大叔母が婦人科に連れていく。そこでアルドと出会う。彼の腕にはユダヤ人収容所にいたことを示す刺青が刻まれていた。アルドもまた犠牲者だった。二人は互いに会話をはじめ、少しずつ笑顔を取り戻すが、そこへまた、大国ソ連による弾圧が、嫌な時代を思い起こさせる。
バルナバーシュ・トート監督はこの作品を携えて世界を回った。
「ボストンで出会った男性は母親と兄弟四人をアウシュヴィッツで亡くしたそうです。(略)とても近しい家族を五人もです。(略)他の誰かが彼に『映画を観ていかがでしたか?』と聞いた。彼は『当時のことは、忘れようと努めてきて、心の奥底にしまっていました』と答えました。(略)でもクララがアルバムを開くシーンで、彼女の気持ちが分かったとおっしゃっていました」