龍谷大学での大歓迎に感動したスーチー氏は、講演を早めに切り上げて学生たちとの触れ合いに時間を割いた (c)朝日新聞社 @@写禁
龍谷大学での大歓迎に感動したスーチー氏は、講演を早めに切り上げて学生たちとの触れ合いに時間を割いた (c)朝日新聞社 @@写禁

 長年にわたる自宅軟禁を解かれ、ミャンマーの最大野党、国民民主連盟(NLD)党首として来日したアウンサンスーチー氏。行く先々で熱い歓迎を受け、国民和解や、それに向けた法の支配の確立、憲法改正などを訴えた。一方、ミャンマー国内では少数民族と政府軍、イスラム教徒と仏教徒の衝突、住民が反対する銅山開発など難しい問題を抱え、政治家としてのスーチー氏を批判する声も上がる。日本国内にも、その流れは押し寄せていた。

 来日中のある夜、ラバン・ピーター・ブランセンさん(54)は東京・高田馬場にあるミャンマー料理店にいた。店内のテレビで、スーチー氏のインタビューが流れると、にぎわっていた客たちは静かになって画面に見入る。だが、ラバンさんは一瞥しただけで、こう言葉を続けた。

「スーチーは平和や人権のために闘うすべてのビルマ人のリーダーではなく、軍と取引をする政治的なリーダーになった。日本企業を誘致したいという軍の利益のための来日で、ビルマ人のためだとは思えない」

 ラバンさんはカチン族。ミャンマー北部のカチン州では、政府軍とカチン独立軍(KIA)の紛争が続いている。東京を中心に約300人の会員がいる「カチン民族機構─日本」の議長だが、数日前に東京で開かれた交流会には行かなかった。これまでスーチー氏が訪れたどこの国でもカチン族はそうしている、と説明する。

「人権や平和の賞をいくつももらっているのに、政治家になったら何も言わなくなった。もし2015年の選挙で大統領になったとしても、今のように少数民族や宗教対立、銅山開発問題を無視し続けるなら反スーチー運動を考えなければいけない」

 だが、そんな批判を受けるとしても、スーチー氏の今回の来日が、在日ミャンマー人や支援者たちの多くを勇気づけたのは間違いない。

 ミャンマーの人権問題を研究する東京大学4年の須田英太郎さん(22)は、11年春にNLDの政党本部で会った時との印象の違いをこう話した。

「当時はすごくやつれていて、身を粉にして活動されていることがハッキリわかりました。もう少し堅苦しい人なのかと思っていましたが、今回はきれいな服装だったということもあって、とても上品で聡明な印象を受けました」

AERA 2013年4月15日号