人間が出演しない、ボカロアイドルによるオペラが上演される。“主演”は初音ミク。この試み、果たしてどこに向かうのか。
史上初のボーカロイドオペラ、「THE END」は、昨年12月に山口市の山口情報芸術センター(YCAM)で初演された。舞台上にスクリーンが重ねられ、男がキーボードを叩いている。物語の創造主である男は途中で退場し、初音ミクと、彼女と対話する謎の生き物が残される。
映像、音楽ともすべてコンピューターで制御されたオペラ。
“創造主の男”でこのオペラを作ったのは、音楽家・渋谷慶一郎。エレクトロニカ(電子音楽)のアーティストとして知られ、レーベル「ATAK」を主宰、ドラマや映画音楽のほか、サウンドインスタレーションなどの活動をしてきた。アプローチは独特。現代美術家の杉本博司を追ったドキュメンタリー映画「はじまりの記憶」では、建築を無限遠の2倍のフォーカスで撮る、つまり徹底的にぼかすことで建築家の初期のイメージを映し出すという杉本の手法を援用し、「ピアノからアタック(鍵盤を叩いた瞬間の音)を取り除き、残響だけを重ねていく」手法を試みた。響きの微妙な重なり、上げ下げの細かなコントロールで感情を喚起する。歌声も同じだ。
それを研究し尽くした渋谷がオペラを構想した時、歌い手に選んだのが、初音ミクだった。ボーカロイドとは、ヤマハが開発したコンピューターによる音声合成技術。その技術が生んだ世界的アイドルが初音ミクだ。
YCAMから作品制作を持ちかけられた時、「自分にとっていちばん難しいことをやろうと思って」、オペラを作ると決めた。
「ある表現が『刺さる』って言うじゃないですか。理屈があって感動する、直感的に胸にズキッとくる、その二つが混ざり合って刺さるっていう状態が生起する。たとえばロマン主義的な物語の起承転結とも違うし、物語を解体して引用と断片のコラージュでいいんだみたいな単純な話とも違う。僕はそれがおもしろいと思うんですよね」
11月にはパリ公演も決定した。
「最初から国外での発表は想定していました。人間がいないオペラなんて日本人じゃないと作れない。僕は音楽や芸術の影響力が落ちてる今の状況に、一石を投じたい」
※AERA 2013年5月27日号