キャリア60年、今年の夏に81歳のバースデーを迎える“大御所”と呼ぶに相応しいトム・ジョーンズ。はじまりは1960年代初頭に遡り、トミー・スコット&ザ・セネターズのヴォーカリストを務めた後、1964年にシングル「チルズ・アンド・フィーヴァー」でデビュー。翌65年に発表した「よくあることさ(イッツ・ノット・アンユージュアル)」が米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で10位、UKシングル・チャートでは1位に輝きブレイクした。馴染みのない世代も、この曲のイントロを聴けば頷けるはず。
以降、Hot 100で3位にTOP3入りした「ホワッツ・ニュー・プッシーキャット?」(1965年)や、本国イギリスをはじめヨーロッパの主要国でNo.1をマークした「思い出のグリーン・グラス」(1966年)、全米(5位)全英(10位)両チャートでTOP10入りした「ウィズアウト・ラヴ」(1969年)など、コンスタントにヒットを輩出し、60~70年代を代表するトップ・シンガーへと駆け上がる。70年代後期に一時低迷するも、1987年にリリースした「ボーイ・フロム・ノーホエア」がUKチャートで2位にランクインし、再ブレイク。翌88年にはボーカルとして参加した英ロンドンの音楽ユニット=アート・オブ・ノイズの「KISS」(プリンスのカバー)もUK5位にランクインし、存在感を知らしめた。
90年代以降も、ザ・カーディガンズとのコラボレーション「バーニング・ダウン・ザ・ハウス」(1999年)や、DJシケインとの「ストーンド・イン・ラヴ」(2006年)などをヒットさせ、2009年にはロビン・ギブ、ラス・ジョーンズ、ロブ・ブライドンと共演したチャリティ・シングル「アイランズ・イン・ザ・ストリーム」(2009年)が前述の「思い出のグリーン・グラス」以来UKチャートでNo.1を記録するなど、現役を貫いている。
本作は、2010年代に発表したカバー・アルバム『Praise & Blame』(2010年)、『スピリット・イン・ザ・ルーム』(2012年)、『ロング・ロスト・スーツケース』(2015年)の3枚に続く約6年ぶりの新作で、プロデュースもその3作を手掛けたイーサン・ジョンズが引き続き担当。オリジナルでないのが少々残念だという声もあるだろうが、本人が自信作だと公言するクオリティと安定感に納得もできるだろう。
オープニングを飾る「アイ・ウォント・クランブル・ウィズ・ユー・イフ・ユー・フォール」は、社会活動家、哲学者としても活動する女性シンガーのバーニス・ジョンソン・リーゴンによるナンバー。原曲にならいアカペラに近いスタイルで優しく、時に感情をふりしぼって歌う。続いては、映画『華麗なる賭け』(1968年)のテーマ曲でアカデミー賞主題歌賞を受賞した、故ノエル・ハリソンの代表曲「風のささやき」。オルガンによるゴージャスなアレンジと迫力のあるボーカルで、オリジナル感をプラスしている。
3曲目は、同時期に活躍した英ロンドンのシンガー・ソングライター=キャット・スティーヴンスの「ポップ・スター」。1970年発表の『Mona Bone Jakon』に収録されたアルバム曲で、メジャーではないが楽しさが伝わってくる歌からもお気に入りであることが伺える。アコースティック・ギターの演奏をピアノに変えたアレンジもいい。先行配信された4曲目の「ノー・ホール・イン・マイ・ヘッド」は、「雨を汚したのは誰?」(1964年)の作者としても有名なマルヴィナ・レイノルズの曲で、フォーキーな雰囲気を一転させたアップテンポな仕上がりに。取り調べ室のような暗い部屋で、訴えるようなパフォーマンスをみせるミュージック・ビデオもインパクトがあった。
アルバムからのリード・シングル「トーキング・リアリティ・テレヴィジョン・ブルース」は、音楽誌や評論家から高い評価を得ているトッド・スナイダーの1994年作。ギターを強調してロック・テイストに、語り口調で流す難易度の高いボーカルも“らしく”熟している。メディアの普及・情報による悪影響を歌った歌詞にちなみ、MVでは古い時代のテレビ番組やCMの映像を起用して時代の変化を演出した。
6曲目は、UKソウルの実力派マイケル・キワヌーカのデビュー作『ホーム・アゲイン』(2012年)に収録された「アイ・ウォント・ライ」。歌い方がなかなかクセ強く、原曲に馴染みがあっても気づかないかもしれないが、その味付けでまた違った曲の魅力を引き出した。畑の違う、若いアーティストの作品もリスペクトする姿勢にも感服。次の「ディス・イズ・ザ・シー」は、「ザ・ホール・オヴ・ザ・ムーン」(1985年)などのヒットで知られるロック・バンド=ザ・ウォーターボーイズのナンバーで、その「ザ・ホール・オヴ・ザ・ムーン」が収録された3作目アルバム『ディス・イズ・ザ・シー』のタイトル・トラック。おおよそ忠実に再現されているが、当時20代だったマイク・スコットと、現80歳のトム・ジョーンズによる荒々しさと深みの対比が聴きどころ。
8曲目の「コーヒーもう一杯」は、言わずと知れたボブ・ディランの大ヒット作『欲望』(1976年)収録の人気曲。「ディス・イズ・ザ・シー」同様、原曲のイメージを崩さず丁寧に歌い、渋さを良い塩梅にフィットさせている。かつて交流があったボブ・ディランの曲を歌うことで、当時の不安定な自分や想い出が蘇ってくるのだとか。前々作でカバーした「ホエン・ザ・ディール・ゴーズ・ダウン」とはまた違う思い入れもあっただろう。
続いては、2018年惜しくもその生涯に幕を閉じた米国のシンガー・ソングライター=トニー・ジョー・ホワイトの「マザー・アース」。1973年の名盤『ホームメイド・アイス・クリーム』に収録された曲で、アコギによる弾き語りを残響が広がる神秘的なサウンドに、ボーカルも独特の節回しを加えたりと独自の解釈で焼き直した。トニー・ジョー・ホワイトといえば、エルヴィス・プレスリーのカバーで知名度を高めた「ポーク・サラダ・アニー」(1968年)が有名だが、同曲はエルヴィスが発表した同じ1970年にトム・ジョーンズもカバーを披露している。
11曲目の「アイム・グローイング・オールド」は、米ニューヨーク出身のジャズ・シンガー/演奏家のボビー・コールが1967年に発表した曲で、ボサノヴァ風のリズムは用いず、シンプルなピアノ・バラードにジャズっぽい崩しを加えたボーカルでリメイクしている。最終曲は、フリーソウル・シーンでも高い人気を誇る米シカゴ出身のシンガー・ソングライター/ギタリスト=テリー・キャリアーの「ラザラス・マン」(1998年)。歌より演奏がメインといえる曲で、意外な選曲ではあるが言葉の放ち方が似ているからか、聴き比べても良い意味で違和感がない。
前3作に続き、売れ線より自身のルーツやアルバム・コンセプトを重視した新作『サラウンデッド・バイ・タイム』。ここ最近はポール・マッカートニーやリンゴ・スターなど同世代のベテランも新作をリリースしているが、彼ら同様、声の張りやMVでの若々しいビジュアルにも驚かされた。もちろん努力の賜物だが、80になっても人はこれだけ歌えるということに、先の希望を見出せた気がする。
Text: 本家 一成