AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
著名な都市がほぼ出てこない珍しい旅のエッセー集『わたしが行ったさびしい町』が刊行された。世界を旅してきた作家が、かつて訪ねた町の中から選んだのは、観光名所でもなく旧跡でもない「さびしい町」ばかり。誰もが行ったことのあるような、それでいて非日常を感じさせる様子は、コロナ下にある今だからこそ、より不思議な魅力を放ちつつ、読者に迫ってくる。著者である松浦寿輝さんに、同著への思いを聞いた。
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詩・小説・評論と多彩な執筆活動を続け、東京大学教授でもあった松浦寿輝さん(67)。2012年に早期退任した後は執筆に専念してきた。あらゆる文学賞を受賞したのではないかと思えるほどの実績の持ち主だが、実際の松浦さんは含羞を帯びた物静かな人である。「この人なら『さびしい町』を好むだろうな」と感じた。
雑誌「新潮」で連載し、本にまとめたのは「夢のなかで行った町」も含めて20カ所。そのうち私が行ったことのある町は日本の3カ所だけだ。これだけ作者が海外に行っていながら、著名な都市がほぼ出てこない旅のエッセーも珍しい。
「毎月締め切りが来ると、あまり文章にも凝らずにさーっと書きました。その分、僕の率直で柔らかな気持ちがそのまま出ていて、広く読んでいただけるものになったと思います。読み返してみると自分にとって、意外と重要な本になるような気がしています。編集者の方が、旅心を誘う瀟洒な装丁にしてくださいました」
さらりとした文体で書かれているが、旅の中身は濃密である。多くは妻との二人旅。松浦夫妻は行き当たりばったりを好むのか、結構危ない体験もしていて、無名の町での出来事だけにこちらも緊張する。ミャンマーのニャウンシュエではワインに酔って夜の街をふらふらさまよい歩いた。その時のことを松浦さんはこう書く。