イラスト:唐橋充
イラスト:唐橋充

「水野さんのマスクは、ローズです」

 最初に衣装とマスクのイラストを見せられた。

「女優なんで」

 なぜ女優だからローズだったのかは今だに分からない。

 しかし、ここで私はふと思った。

「そうだ、芝居仕立てにしよう」

「あの、小道具とか共演者とかって用意していただけますか?」

 すると、

「ダンサーさんがたくさんいるので自由に使えますし、小道具もいくらでも用意できますよ」

 ここから一気に構想が固まっていった。

 まずは1曲目「ラヴ・イズ・オーヴァー」。で、別れのシーンからスタートしよう!

「便器って出せますか? 便器の蓋だけでも大丈夫だと思うんですけど……」
「用意できます。蓋だけじゃなくてちゃんと便器を用意しましょう」

 ディレクターさんは大変心強い言葉をくれる。

「それじゃあフル便器でお願いします!」

 二曲目で、シングルマザーになって、三曲目で、よりを戻して、だけどまた浮気される。

「あの、この曲のあとに、ラヴ・イズ・オーヴァーのサビをくっつけたりしてもいいですか」
「確認します。大丈夫だと思いますよ」

 四曲目で、戦争勃発。

「殺陣をやりたいんですが、殺陣師の方を呼んでいただくことはできますか?」

 そうこうして、ものの二時間くらいの打ち合わせで、ローズのストーリーの概要は出来上がった。

 しかしここからが大変だった。歌詞とストーリーを優先してランダムに曲を選んだはいいが、ほぼ歌ったことのない曲もある。歌えるのか、私。

 そうして本番までの、約1カ月半。全力の歌練習がはじまった。

 ユーチューブでボイトレのチャンネルを見まくってボイトレ。移動の車で歌って、ママチャリ漕ぎながら歌って、料理しながら歌って、夜中にコタツに頭を突っ込んで歌って、仕事の隙間にスタジオノアの個室をおさえて歌って、録音して聴いて、歌って録音して聴いて。

 ところが不思議なもんで、「ラヴ・イズ・オーヴァー」を死ぬほど練習したあとに「プライド」を歌うとぜんぜん歌えなくなってるし、「また君に恋してる」を死ぬほど練習したあとに「キャッツアイ」歌おうとするとぜんぜん歌えないし。

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しかし、うっかり決勝まで勝ち進んでしまったローズは…