林:ああ、そうなんですね。

小池:一人になったからずっと寝てようとか、食事もテイクアウトにしちゃおうとか、生活のリズムをこわして自分勝手にやってたら、私はこわれていくだろうなという予感があったんです。それが怖かったので、夫がいるときと同じ時間に起きて、だるくて体調がよくなくても、それなりにまともな食事をつくって食べる。それは、徹底して自分に課しています。

林:まったく同じ状態でまったく同じことをして、体と心が定点観測していないと、四季の移ろいと心の変化は書けないんですね。

小池:これまでの生活を変えて、私が気持ちのいい、楽な方向に生活の時間割をつくっていたら、確かにこのエッセーは書けなかったかもしれない。見てるものが違ってきちゃいますもんね。

林:そう思います。だからまたすごい傑作をお書きになるんじゃないかと思う。

小池:今のところはダラダラしてますよ。自分をちょっと甘やかしてる。やっぱり疲れました。病気の藤田に寄り添っていた1年と10カ月、そして死別のダメージが、去年よりも今のほうが来ているなと感じるんです。だからあんまり無理せず、ジタバタしないで書いていきたいなと思ってます。

林:この本を読むと、やっぱり夫婦っていいなと思う。最近は一人で生きることがカッコいいという風潮もあるけど、愛する人とめぐり合って、人生を共にするってこんなに尊いことなんだと再認識しましたよ。こんなにも自分を理解してくれて、魂ごとわかり合える人と出会えて、藤田さんはほんとに幸せな人だったなと思う。

小池:二人とも作家になりたくて、実際に作家になったという背景があるから、平均的な夫婦が交わす会話の100倍、千倍ぐらいの言葉を交わしてたと思うんです。だからケンカになったり、家を飛び出したりもしたけど、言葉をやりとりすればするほど、否が応でも相手のことを理解しちゃいますよね。ほとんどのことはわかってたつもりです、彼のことは。

林:この本が何よりもの手向けになりましたね。私も、夫をもっと大事にしないと……。今日は本当にありがとうございました。

(構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)

小池真理子(こいけ・まりこ/1952年、東京都生まれ。成蹊大学文学部卒。出版社勤務を経て、78年にエッセー『知的悪女のすすめ』を発表。89年「妻の女友達」で日本推理作家協会賞、96年に『恋』で直木賞、98年に『欲望』で島清恋愛文学賞、2006年に『虹の彼方』で柴田錬三郎賞、12年『無花果の森』で芸術選奨文部科学大臣賞、13年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞を受賞。近著に『死の島』『神よ憐れみたまえ』など。最新刊はエッセー『月夜の森の梟』。

週刊朝日  2021年12月10日号より抜粋

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