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数々の作品で重要な役どころを演じ、その演技力の高さで存在感を示してきた俳優の升毅さん。還暦前に人生観を変える出会いがあった。
【前編/俳優・升毅、アイドルになりたかった 中学時代の「モテ期」で勘違い!?】より続く
芝居の面白さは、「僕の場合は、自分ではない人間になれることが喜びというわけではないです」と升さん。むしろ、演じている限りはすべてが自分で、演じる上で、自分でも気づかなかった感情が溢れて、知らなかった自分が発見できることが楽しいのだとか。
「普段なら絶対に言わない汚い、荒々しい言葉を発言したときの気持ちよさとか(笑)。その逆もあって、普段何気なく使っている言葉でも、役の立場で発言すると、『あれ、こんな気持ちになるんだ』なんて思ったりもする。そういう感覚が好きなのかな。人間そのものへの興味というより、人間の中に突然表出するものとか、見えなかったものが急に見えてくる瞬間に面白さを感じます」
還暦を迎える直前、人生観を変えてくれるような大きな出会いがあった。佐々部清監督の「群青色の、とおり道」という映画に出演したときのこと。芝居をするたび、監督から「升さん、やりすぎです」と言われ、戸惑った。
「当時は、たとえば少しでも若く見られたいとか、若い役を演じ続けたいとか、『こう見られたい』という欲に、まだちょっとしがみついているところがあったんだと思います。でも、佐々部監督は、日常を描くのがすごく上手な監督だったので、僕のちっぽけな見えや虚栄心なんてお見通しだったのかもしれない(笑)。今までやってきたことを普通にやると、『やりすぎです。もっと抑えて』と言われ続けた。これ以上何もしなければ、本当に何もしないことになると思ったけれど、監督の言葉を信じてやってみたら、できあがったものを見たときに、『こういうことだったのか』とめちゃくちゃ腑に落ちた。以来、『60代らしくやっていこう』と決めて、髪を染めるのもやめました」
年齢を受け入れたことで、「それまでもなかったストレスがさらになくなった」と言って、升さんは豪快に笑った。
(菊地陽子、構成/長沢明)
升毅(ます・たけし)/1955年生まれ。東京都出身。75年、NHK大阪放送劇団付属研究所に入所し、翌年初舞台を踏む。85年、演劇ユニット「売名行為」を結成。91年、演出家のG2らと共に、劇団「MOTHER」を立ち上げ、座長を務める。95年、東京に進出。2015~16年のNHK連続テレビ小説「あさが来た」ではヒロインの父親役を演じ、話題になった。「こどもの一生」には、今回で4度目の出演となる。
※週刊朝日 2022年4月15日号より抜粋
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