政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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ロシアとウクライナの停戦は依然不透明です。ただ、中長期的に見ればウクライナ侵攻の影響は、冷戦後の、いや、戦後の国際秩序のあり方に大きな影響を与えそうです。その点で気になるのは、ロシアのラブロフ外相と中国の王毅外相との会談です。会談で両者は「仲間の国々とともに多極的で公正、民主的な世界秩序を構築したい」という共同声明に近いものを出しました。
中ロの首脳に近い外交の責任者が「世界秩序」という言葉を用いて言及するということは、珍しいことだと思います。額面通り受けとれば、それは中ロが冷戦崩壊後の米国を中心とした西側の秩序に対抗する、それとは違う世界秩序を模索するという、ある種の新冷戦のマニフェストにも解釈されます。
プーチン大統領が天然ガスのルーブル支払いをEU諸国に求めているのも、一定の「ルーブル圏」を維持しながら、中国の元にのみ込まれないようにしつつ、中国とタッグを組んで基軸通貨ドル以外の金融、為替、貿易の「生存権」を拡大しようとする長期的なもくろみの一環かもしれません。果たしてそんなことが実際に可能なのかどうかわかりません。ただ、ルーブルは暴落を免れ、侵攻前の水準をキープしていますし、西側が石油の増産がうまくいかず、ロシア産天然ガスに代わるエネルギーの供給が大幅にショートすれば、西側の結束にも綻(ほころ)びが出てこないとも限りません。
また、米国の石油増産の要請を袖にしているUAEやサウジアラビアの動向も気になります。さらにインドや南アフリカ、ブラジルなどロシアの制裁に消極的な国々もあります。そういう中で中ロの「世界秩序」という言葉を用いた共同声明に近いものが出てきたわけです。
これは、中長期的には中国が米国との新しい冷戦に備えつつある証左かもしれません。明らかに新自由主義的なグローバリズムは終焉(しゅうえん)を迎えています。
今後は再び、「統制」や「管理」がキーワードになる時代が到来するかもしれません。それは、同時に1930年代の「大転換」の再来を意味することになります。20世紀は死なず、依然として墓場から甦って世界を徘徊しつつあるようです。
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2022年4月18日号