前回、当コラムでご紹介した「内惑星編」では、5月の西の宵の空に競演を見せた水星・金星について解説しました。今回は外惑星のうち、まずは木星と土星を取り上げたいと思います。昨年末に20年に一度訪れるグレート・コンジャンクションを通過した両星。
6月から8月にかけての真夜中、南の空で輝きを増しながら追いかけあう木星と土星の競演を見ることができます。
グレート・コンジャンクションとは?今月から来月にかけての見所は?悠久の時空を渡るgas giant(ガスジャイアント)と呼ばれる二つの巨星に迫ります。
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惑星に神格を与えて崇拝する信仰が出来上がったのは古代バビロニアでした。木星はバビロニアの国家神でバビロン神話の最高神ともされるマルドゥーク(Marduk)にたとえられます。このことから、天文学をバビロニアから吸収したギリシャ、そしてローマでも、木星にパンテオン(神界)の最高神ゼウス、ユピテルを充てました。英語圏での木星を意味するJupiter=ジュピターもここから来ているのはご存知でしょう。
ちなみに他の惑星たちの性質も、バビロニア天文学の神格化が起源です。たとえばギリシャ神話ではクロノス、ローマ神話ではサトゥールヌス(サターン)は農耕神ですが、バビロニア神話では土星の象徴はニヌルタ(ニンウルタとも。Ninurta)で農耕・狩猟・豊穣の神。同じく戦闘の神マース、アーレスが充てられる火星は、バビロニアでは戦争と疫病の神・ネルガル(Nergal)が。性愛と美の神ヴィーナス、アフロディーテが充てられた金星は、やはり愛と美の女神イシュタル(Ishtar)。知識と伝令の神、メリクリウス、ヘルメスが充てられた水星には知恵と書記と伝令の神ナブー(Nabu)が、というように見事に符合しています。
そして実際木星は、太陽を除く太陽系全体の天体の総質量の実にほぼ70%を単体で占め、その圧倒的なスケールは惑星界の王にふさわしいものです(そんな木星ですら、直径は太陽の10分の1にすぎないわけで、太陽の巨大さも再認識させられますが)。
木星はガス惑星で、分厚い雲が惑星の大半を占めていることはよく知られています。このため自転によって、ガス雲に美しい横じま模様ができ、それらの縞は、緯度によって自転の速度が違い、木星の「一日」は、天体全体では一定ではないという不思議な現象が起こります。縞模様にポイントのように現れる「大赤斑」は、それだけで地球より大きいという巨大な高気圧の渦です。もっとも、こうした木星の規格外のスケールは、望遠鏡が発明されて天文学が発達して後に判明するのですから、近代よりはるか前から木星が惑星の王とされてきたのは不思議でもあります。星々の中でもっとも明るく輝くのは金星で、木星の平均輝度(等級)はそれに次ぎ、一番ではありません。だから素朴に考えれば金星が王の星となりそうなものです。
木星の公転周期(恒星周期。太陽の周りを公転する天体が一周するまでにかかる地球時間に換算した日数)は地球時間換算でほぼ12年(11.86155年)で、一方会合周期(地球から見た天体が、地球との合/衝から次の合/衝に戻るまでの周期)は約399日なので、木星が公転周期を渡りきる12年の間に、11回から12回、地球は木星と衝となることになります。そして地球が公転軌道で木星を追い抜くとき、地球からは木星が東に向かう順行から逆行となって弧を描くように西に戻る動きとして観測されます。逆行の期間はおよそ4ヶ月。
その軌跡をつなげば、木星は放射状突起を備えた巨大な王冠(crown)を空に描いていることになります。その軌跡こそが天帝のイメージを人に与えたのではないでしょうか。
美しき環を広げる太陽系の守護者?神秘の巨星【土星】
太陽系の第六惑星・土星は、木星に次ぐ巨大惑星です。木星と土星は「巨大ガス惑星」=gas giant(ガスジャイアント)と呼ばれ、この二惑星で太陽系天体のほとんどの質量を占めているのですから、この二天体の巨大さがいかほどかを物語ります。
直径は地球の約9倍。かつては土星までが太陽系の惑星とされ、一番外縁部を回る土星は、いわば太陽系の果てにある星でした。分厚いガス雲で形成された惑星は、木星ど同様に自転速度が緯度によっていくつかに分かれ、それぞれが別個のスピードで回っています。同じガス惑星でありながら、土星は木星よりさらに希薄で、太陽系で随一の比重の軽さです。仮に土星が入れるほどの大きなプールがあるとしたら、水に浮くとも言われます。
土星の第一の特徴は、惑星をディスク状に囲む美しい環でしょう。ガリレオ・ガリレイは、土星を望遠鏡で観察し、「どうも土星には両端にこぶのようなものがある」として、「土星の耳」と表現しました。後には「土星は真ん中の主星の両脇に、子供のような随星が二つある三連星である」ともしました。そしてその随星がときに消えてしまう(土星の環が地球の観測者から見て垂直になって、環の厚み分しか見えないため、当時の倍率の望遠鏡では見えなくなったため)のを観測し、土星=サターン=クロノスの原義である農耕神サトゥールヌスが、「わが子に王座を奪われる」という予言を恐れて生まれてくる子を次々に食べたという神話になぞらえて、土星が子供の星を食べてしまった、と記述しました。これが「環」であることをはじめて観測したのは1655年のクリスチャン・ホイヘンスの観測によるものです。組成は今ではほとんどが氷の粒であることはわかっていますが、その環がどう形成されたのかは、今なおはっきりとはわかっていません。ちなみに木星や天王星も「環」を持っていますが、その発見がなされたのは天王星が1977年、木星が1979年(それ以前は観測者たちは、木星にはばら色の靄がかかっていると表現していました)とつい最近のことで、土星の環が中世でも見られるほど、いかに可視的に輝いているものかがわかります。
公転周期は地球時間でほぼ30年(29.532年)、対して地球との会合周期は約378日で、地球との衝の期間中に木星と同様にほぼ一年に一度の逆行期間を持ち、公転する間に約30回の小さな弧を描きます。その軌道は太陽系を縁取るひまわりの花弁のようです。
木星と土星が黄道に描く大三角。グレート・コンジャンクションとは?
外惑星は、内惑星のように地球と太陽の間に入り込んで縦列となる「内合」は起こしません。地球を挟んで太陽と一列になる「衝」と、地球から見て太陽の真後ろに回って一列になる「合」(内惑星での『外合』と同じ)を繰り返します。「衝」のときに外惑星は全体に太陽の光を受けた面を地球に正対させることと、地球との距離が近づくために輝きが最大となり、逆に「合」のときには完全に太陽の光にかき消されて姿は見えなくなります。このとき、外惑星は黄道と交差するので、背後には黄道十二宮の星座があります。合になるたびに、木星や土星と太陽が遭遇する十二宮は移動していくのですが、木星の場合は約12年での公転周期を持つので一年に一宮ずつ、土星は約30年なので約2.5年ごとに別の宮に移る計算になります。
一方、地球とではなく土星と木星が合となるのはおよそ20年に一回(衝も同様)で、12と30の最小公倍数である60年で3回の合を繰り返してほぼもとの位置に戻ってきます。これを黄道(十二獣帯)の円にあてはめますと、十二獣帯の三つの星座にほぼ正三角形を描くことになります。そのサイクルで、戻ってくる位置がわずかにずれているために、合が生じる星座は三角形のサイクルを繰り返すうちに次第に隣の星座へと移っていきます。この20年に一度の両星の合を俗に「グレート・コンジャンクション」と呼び習わします。
木星・土星の合は、たとえば100年前の1921年にはおとめ座で、1941年にはおうし座、1961年にはやぎ座で生じました。ホロスコープに詳しい方ならばすでにピンと来ていることでしょうが、この三つの星座はどれも土の星座に属します。十二星座は、土・水・火・風(四大元素)の星座がそれぞれ三つずつあり、同じ属性が四つおきに配列されています。ですから、正三角形を描く木星と土星の合は、おのずと同じ属性の星座をセットにしてわたることになります。しかしその位置は少しずつずれていくと述べたとおり、やがて合が生ずる星座は、ある属性の星座から隣の別の属性の星座に移動することになります。この移動は、およそ220年で起きます。2000年におうし座で起きた木星と土星の合(1941年の合が約60年で戻ってきたわけです)は、土の星座における最後の合でした。そして直近の半年前、2020年の年末に起きた木星・土星の合は、ついにその移動が起きました。やぎ座ではなく、みずがめ座を背景に生じたのです。これ以降、当分の間木星・土星の合は、みずがめ座、てんびん座、ふたご座のトライアングルで生じることになります。こうして約2,640年かかって、木星・土星の合=グレート・コンジャンクションは十二獣帯を一周するのです。
グレート・コンジャンクションを経た木星と土星は、半年かかって今度は地球との衝へと向かいます。土星はすでに5月23日から四ヶ月間の逆行期間に入っており、続くように木星が6月の下旬から四ヶ月間の逆行に突入します。逆行に先がけて19日より運動が停止する留(ステーション)期間となり、24日から逆行をはじめます。現在木星は深夜に東の空から上り明け方近くの3時ごろ、南天の上空に-2.5等級ほどで金色に明るく輝いています。右側(西側)には、すでに5月から逆行に入っている土星が、やや赤みを帯びた光を放っています。
梅雨時のぼんやりした湿度の多い空でも、雲がかかっていなければはっきりと確認できるでしょう。そして逆行期間中の8月、2日に土星、20日に木星が地球と衝となって、木星は-3等級、土星は0等級と、その輝きは最大となります。木星と土星の雄大な変幻が見られる6月から8月。南の空に注目してみてください。
(参考・参照)
星空への旅 エリザベート・ムルデル
宇宙 最新画像で見るそのすべて ニコラス・チータム 河出書房新社
土星と木星が見頃(2021年8月)