著者は1929年生まれ。「歴史への招待」や「クイズ面白ゼミナール」などで知られるNHKの元名物アナウンサーである。『気くばりのすすめ』というベストセラーもあるその鈴木健二氏が、なぜ平成の終わりに『昭和からの遺言』なんて本を出したのか。

 NHK時代の楽しい回顧録なんかじゃないのよね。戦争を知らない<戦後生まれの方達に、我々の体験談を語ること>、そして<痛ましい戦争をしないと約束してもらうこと>が、穴呂愚人たる世代の責務だと彼はいうのだ。

 実際、彼の戦争体験はきわめてリアルだ。大本営発表の「西太平洋」は地図のどこにもないことに愕然とし、教育勅語に疑問をもった15歳の少年は、教師に「非国民っ」と怒鳴られ、出席簿で頭を殴られて「目から星が飛びだす」のは本当だったのだと知る。

 東京大空襲の際は、父母とともに火の海を逃げまどい、正視に堪えない何体もの死体を目にした。生まれ故郷は3時間で焼け野原と化し、わが家は跡かたもなく灰になり、大勢の同級生を失った。教師に殴られた教育勅語事件で自然に浮かんだ<天皇陛下やお国のためになんか、死んでやるもんか>という思いは、空襲の恐怖を経て<厭戦が、大きく反戦に向きを変えて行く気がしました>。

 オモシロ名物アナのイメージしかなかった往年の放送人の、強い反戦のメッセージ。それを意外と感じるのは、いまのテレビが腐っている証拠かもしれない。

 改憲論議や自衛隊派遣論議は不毛である。国家は人を救わない。穴呂愚人はみな<国会に出かけて行って、戦争の恐ろしさを全議員に聞かせてやりたい衝動にきっとかられていることでしょう>。

 暴言議員と国家に迎合するNHK。国会やテレビで、あの声と口調で同じことをビシッといってほしい! あとこんなことも。

<天皇を中心とした極端に右寄りの神権思想にがっちりと裏打ちされた国家権力に包み込まれた時代が、明治大正そして昭和の敗戦までにあった事実を、現代の皆さんは知っておいてください>

週刊朝日  2019年5月31日号