厚生労働省発表の所得分布グラフは、まるで恐竜を横から見たようだ。グラフの左側に恐竜の頭と胴がある。平均年収560万2千円を下回る、100万円から400万円未満の世帯だ。尾は細く長い。生活が「大変苦しい」「やや苦しい」と答える世帯は全体の56・5%と、半数を超えている(2016年)。こんなに科学が進歩したのに、ぼくらは格差と貧乏を克服できない。なぜだ?
ヤニス・バルファキス『父が娘に語る経済の話。』を読むとその理由がわかる。「美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい」という原題にはない副題(?)は誇張じゃない。なにしろ1万年以上前に人類が農耕を発明したところから経済の歴史を語るのである。文字と貨幣の発明、支配者が支配を続けるための官僚と軍隊と宗教、そして市場社会の誕生。テクノロジーの発展やビットコインについても。
著者はギリシャの経済学者。経済危機のさなか、財務大臣に就任して、緊縮財政政策に反対した。この本は、離れて暮らす10代の娘に話すように書かれている。語り口が平易なだけでなく、ギリシャ神話から小説『フランケンシュタイン』、映画「マトリックス」まで、具体例がおもしろい。思わず引き込まれる。この本が多くの人に読まれているのも納得できる。
著者は経済を経済学者にまかせるのは最悪のやり方だという。なぜなら、経済学とは支配者が自分たちの正当性を裏付けるための、新しい現代の宗教だから、と。小泉内閣や安倍内閣に経済学者たちが取り入った結果を考えると、頷ける話だ。経済のことは自分で考えなければならない。
※週刊朝日 2019年5月3日‐10日合併号