ぼくたちはよく「かけがえのない命」などという。命より大切なものはない……はずだが、もしも命が作れるものだったら、この前提は崩れてしまう。

 須田桃子『合成生物学の衝撃』は、生命を人工的に作ろうとする科学の最前線を伝える。著者は「STAP細胞」事件を追った『捏造の科学者』で大宅壮一ノンフィクション賞や科学ジャーナリスト大賞を受賞した新聞記者。

 表紙の写真には毛糸玉のような球体が数個ある。人工生命体「ミニマル・セル」だ。人工生命体──そう、すでに人類は生命の創造に成功している。ミニマル・セルは人工的に作ったDNAを細菌の細胞に移植したものである。

 生命を作り出したいという思いは太古からある。それは「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」という疑問と表裏一体だ。生命の秘密を解き明かすには、生命を作ってみることがいちばんの早道だ。そうやって科学は進歩してきた。

 だが科学は両刃の剣だ。本書を読んで痛感する。ミニマル・セルを作り出した米ベンター研究所は民間だが、これは例外的存在。合成生物学界の巨大勢力はDARPA、国防高等研究計画局である。つまりアメリカ国防総省の資金が注ぎ込まれている。

 合成生物学がすべて生物兵器開発のため、とはいわない。防御のための研究もあるだろう。また、インターネットもGPSも軍事研究の副産物である。それで生活は便利になった。しかし、生命の創造すら軍に関与させていいのか。科学と倫理について、ぼくらはもっと考えなければ。

週刊朝日  2018年7月13日号