本連載の12回目、『スロウ・トレイン・カミング』を取り上げたコラムで、こんなことを書いた。
「あの時期のディランと関わったといわれる教派で働き、のちにイギリス側の指導者になった男性の息子が、マムフォード&サンズのリーダー、マーカス・マムフォード。ローリング・サンダー・レヴューに参加していたT-ボーン・バーネットにも認められた彼は、若き日のディランと思われる人物が最後にシルエットで登場するコーエン兄弟作品『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』のサウンドトラックに大きく貢献。また、ベースメント・テープス期に手つかずで残されたディランの歌詞を若いアーティストたちが甦らせるという興味深い作品『ロスト・オン・ザ・リヴァー』にも参加している」
カリフォルニア州砂漠地帯での巨大フェスティヴァルへの出演やノーベル文学賞受賞といった興味深い話題をはさみ、僭越ながら勝手にピックアップさせてもらった20作品とブートレッグ・シリーズから数作品という構成で進めてきたボブ・ディラン連載、締めくくりとなる今回は、そのアルバム『ロスト・オン・ザ・リヴァー』を紹介したい。
タイプライターに向かって歌詞を書く若き日のディランをとらえた写真を何度かご覧になったことがあるだろう。頭に浮かんだ言葉やフレーズをタイプライターに打ち込むうち、それらがより深いものとなり、さらに、実際にレコーディングしながら修正を加えていく。最終的には出版社に渡すための清書という意味もあったのかもしれないが、キーを叩く音やリズムを含めて、間違いなくタイプライターは、ディランの創作活動に大きく貢献してきたはずだ。
『ロスト・オン・ザ・リヴァー』には、そういった形で記録された歌詞ではなく、1966年のオートバイ事故から翌年ザ・ホウクスとのセッションを開始するまでのあいだに残されたものと思われる手書きの歌詞(詩といったほうがいいかもしれない)が取り上げられている。その貴重な歌詞を「発見」したという出版関係者から作品化の打診を受けたバーネットが、ディランの了解も得たうえで、何人かの才能豊かなアーティストに声をかけて実現させたものだ。発表は2014年秋。
ザ・ニュー・ベースメント・テープスに参加したのは、前述のマーカス・マムフォード、マイ・モーニング・ジャケットのジム・ジェイムス、ドウズのテイラー・ゴールドスミス、リアノン・ギデンス、そして、エルヴィス・コステロ。21世紀組とも呼べる若いアーティストたちを、世代的にはずっとディランに近いコステロとバーネットが精神的にまとめ上げている、といった印象だ。
ほかにも何人かのミュージシャンが起用されているが、5人はかつてのディランとホウクスのように全員が複数の楽器を担当し、基本的には彼らだけで作品を仕上げている。バーネットから「この曲は君」と指示されたわけではないようで、それぞれが持ち寄った「新曲」のなかから40トラックが録音され、そのうちの15トラックがCD通常版、20トラックがCDでラックス版と2枚組アナログ版に収録された。
このアルバムを聴いたことがきっかけで注目するようになったギデンスはミンストレル・バンジョーやフィドルなどの名手で、いわゆるルーツ・ミュージックの世界を代表する存在として急速に評価を高めている人。正式にオペラなども学んでいるそうで、一昨年パリでのテロ事件の直後には、フランス語で歌った「ラ・ヴィ・アン・ローズ」をYouTube公式チャンネルにアップしている。興味を持たれた方はぜひ。
アルバム・タイトルともなった「ロスト・オン・ザ・リヴァー」は、そのギデンスが曲をつけて歌ったものと、コステロ版の2つが収録されている。どちらも捨てがたかったということなのだと思うが、不思議なことにこの2つのトラック、メジャー系とマイナー系の違いはあるものの、コード進行や雰囲気がかなり似ている。ディランの言葉に引き寄せられた。そういうことなのだろうか。
[『ボブ・ディラン名盤20選』は今回で終了です。3/1(水)より、大友博による新連載『時代を変えた伝説のギター・ソロ36選』がスタートします]