
全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA2025年7月14日号には、山野楽器 ピアノ技術担当 チーフ技術リーダー 平郡克実さんが登場した。
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1892年創業の山野楽器は、音楽専門店として、全国で楽器の販売から音楽教室の運営、イベント事業まで行っている。山野楽器は、売ったあとも楽器と長く付き合うことを大切にしている。調律は、そんな思いをかたちにする仕事のひとつだ。
東京・銀座本店にあるピアノ専門フロアでは、数十万円から何千万円もするピアノを常に数十台取り揃えている。
入社してから26年間、社員調律師として、ショールームのピアノから、販売先の一般家庭、学校やコンサートホールと、全国を飛び回り調律を行ってきた。
「楽器の声は聴けるようになったのですが、人の声がいまだに大変です」。そう語る理由は、調律は弾き手の好みに左右されるからだ。
それに気づいたのは、多くの失敗を経験してきたから。新人の頃は調律をしても喜ばれるより、怒られる方が多かった。お客から、死ぬ気で調律していない、と言われたこともある。
クラシックやジャズ、ポップスなど弾き手が専門とするジャンルによって、全く異なる調律を求められる。
最も大事にしていることは、弾き手の理想の音を聞き出すこと。ピアノだけに向いていると、トンチンカンな調律になってしまう。
理想の環境で調律を行えることはほとんどなく、一般家庭ではテレビ、催事場では音楽が流れる。どんな環境でも正確に音程を整えられるようになるには数年かかった。
離島の学校にも行く。海に囲まれ、体育館に設置されたピアノは湿気にさらされ、改善できない状態のものもある。それでも、音楽家を夢見る生徒たちを思い、最善を尽くす。
今やピアノ調律の第一人者と呼ばれる技術者だが、経験を覆されるようなことを言われることもある。「完璧な音を目指すのではなく、“その人にとって心地よい音”を見つけるのが調律だと思っています」
調律を終えたピアノの音は、自分の作業の鏡のように奏でられるから、飽きることがない。これからも演奏者の声に寄り添い続けていく。(ライター・米澤伸子)
※AERA 2025年7月14日号
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