“よしお兄さん”こと小林よしひささんは、NHK Eテレ「おかあさんといっしょ」で歴代最長の14年間、体操のお兄さんを務めました。よしお兄さんの子ども時代や、体操のお兄さんになった経緯、印象に残っているエピソードをうかがいました。※後編<元体操のお兄さん・小林よしひさが語る6歳娘の子育て「朝、出産に立ち会ってから『おかいつ』の収録に行きました」>へ続く

MENU 体操を始めたのは小学校3年生から 合格の知らせを受けたときは震えた 子どもたちは体操のお兄さんの交代を知らなかった!? 歴代最長の14年間「体力を奪われるけど、エネルギーももらえる」 パパの育児参加が増えたことを実感

体操を始めたのは小学校3年生から

――体操はいつから始められたのですか?

 小学3年生です。姉がアニメの影響で新体操のリボンをやりたいと言い出したんですけど、近くに習えるところがなくて、体操教室に通うことになったんです。高学年にならないと入れない教室だったんですけど、姉について行って横でやっていたら、「小林くんはできるから、入ってもいいよ」と言われて、通うことになりました。

――小さいときから運動神経はよかったのですか?

 運動は比較的得意なほうでしたけど、球技は苦手でしたね。アクション映画とかジャッキー・チェンが好きだったので、体操はそれに紐づいて好きでした。高学年からは剣道も始めたので週末は両方やってハードでしたね。

 体操は小学校卒業するまで、剣道は中高の部活でも続けました。大学は日本体育大学に行って、そこでは体操部に入ったんです。

合格の知らせを受けたときは震えた

――そのころ、体操のお兄さんになることは考えていましたか?

 全く考えていませんでした。入学してからわかったことなんですが、小学生のときに通っていた体操教室の先生が、日体大体操部の先輩で。その先生は公務員として役所勤めをしながら、アフターファイブに体操の先生をしていたんです。私もそういうことをやりたいなと思って。大学では社会体育といって、地域スポーツなどを学んでいたので、私も役所に入って、スポーツイベントを開催するとか、地域のスポーツを活性化するような仕事をしたいと考えていました。

――それが、どういう経緯で体操のお兄さんになったのですか?

 大学を卒業後、そのまま研究室に残って助手として働いていたんです。そんなとき、大学に新卒の学生を対象とした体操のお兄さんのオーディションの話がきて。私は引率でオーディションに行ったんですけど、年が1つ上なだけだから、一緒に受けてみたら、と周りにすすめられたんです。

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中寺暁子
ライター 中寺暁子

健康情報誌編集部などを経て、2000年からフリーに。医療・健康・教育のテーマを中心に取材・執筆活動を行う。

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