『パブリックライフ: 人とまちが育つ共同住宅・飲食店・公園・ストリート』青木 純,馬場 未織 学芸出版社
この記事の写真をすべて見る

 「大家」と聞いて、何を想像するでしょうか。落語に出てくる江戸時代の長屋の大家さん? 人気芸人が漫画に描いた上品な大家さん? そんなのどかな大家さん像を浮かべる人はもはや少数派かもしれません。多くの人は、不動産投資や不労所得といったワードを連想するのではないでしょうか。

 『パブリックライフ: 人とまちが育つ共同住宅・飲食店・公園・ストリート』の著者である青木 純氏は、祖父の代から東京で大家業を営む家に生まれ、35歳で大家の世界に飛び込んで以来、大家の理想的なありかたを追求する人物。単なる金融資産として扱われがちな家と人との関係性を変えたいという思いを出発点に、かかわる人々にとって居心地よく幸せな暮らしを求め、そのフィールドを集合住宅から飲食店、公園、ストリートへと広げていきます。

 そんな大家をライフワークとする青木氏と彼と思いを共有する人たちを、建築ジャーナリストの馬場未織氏が6年間に渡って取材したのが同書です。2011年からコロナ禍を経た2023年までを青木氏が1人称で語る本編の間に、彼をとりまく人たちによる座談会も収録されています。

「大家は、思いやりを持ち続け、心を砕き続ける仕事なのだと思う」(同書より)

 自身の仕事をそう語る青木氏。大家としてかかわる集合住宅の住人や一緒に場を創り上げていく仲間たちとの関係性を丁寧に紡ぎ続け、「よい湯加減」に保ち続けるため、1人1人とまるで家族のように向き合ってきた様子が綴られています。

 「よい湯加減」に保つためのいとなみを、青木氏は「耕す」と表現し、「今も未来もしあわせにごきげんに暮らしていきたい。暮らしを耕していくことが文化となり未来に豊かさをもたらしてくれる。だから今日も、全国各地に耕しに行ってくる」とまえがきで書いています。

 「耕す」は、同書に通底するテーマです。中でも青木氏の父親が特別な思いを寄せていたという練馬区平和台の土地に建てた8世帯の集合住宅「青豆ハウス」では、青木氏が住民との関係性を耕し、共有する場を耕すことよって、地域の人たち、通りすがりの人たちが、青豆ハウスという場を通じてゆるやかにつながっていきます。

 そんなつながりの中で、コロナ禍では、ご近所の農家が育てた野菜が青豆ハウスに配達され、残滓はそれぞれの家のコンポストで肥料にし、農家に渡すといった循環が生まれます。農が身近にあることによって、消費以外の行為が生まれ、青木氏は「農が近くにある暮らしがこんなに豊かなんだな」と実感したと言います。

 同書の出版に際しても、彼が耕してきた全国の仲間たちとの関係性が発揮されていて、各地で出版記念トークイベントが企画されています。岩手県紫波町で開かれたイベントでは、本にも登場する公民連携の伝道師・岡崎正信氏と対談しました。

1.jpg

 これまで全国で多様な場を生み出してきた2人は、生活と生産が近くに存在することで新しい関係性や新しいなりわいが生まれる可能性について語り、一次産業が地域に根づいていることがその土地の価値になると指摘。

2.jpg

3.jpg

 岡崎さんは地元である紫波町の農村の廃校を再活用として進行中の「ノウルプロジェクト」を紹介し、運動場を耕して作る畑で、土を触りながら農に参加できる集合住宅や、岩手の生産者の食材を活かしたオーベルジュでのいとなみを通して、人と人との関係性を耕しながら暮らすことの価値をかたちにしながら、"農"と"暮らし"の新しい関係を生み出すプロジェクトにしたいと語りました。