「そんな人もいるよ」
平然としている。
「腹立つやん!」
と、怒るわたしに母は言った。
「そんなもん、腹立ててたらきりがない。そんな人に腹立ててる時間がもったいない」
わたしの父も弟も町の開業医。患者さんにはいろんな人がいる。
締まる前に駆け込んできて、「診察してくれ」と言って頼み込んで、無理やり診察させたのに、「保険証とお金忘れた」と、言ってそのまま連絡が取れなくなった人。
もちろん、看護師さんの残業代も薬代もこちらが払わなければならない。
「医者は儲けてるんでしょ」と絡みまくる人。
おばあちゃん、おじいちゃんの面倒をいっさい看ていないのに、なぜかある日突然、いちゃもんだけつけにくる人。
良い人も悪い人も含めて、本当にいろんな人を見てきた。
父は、「病を憎んで、人を憎まず」と、言っていた。
でも、わたしは、納得いかない。
「そんな患者、診なくていいのに」
若い頃のわたしは、何度も思ったこともある。
そして、母は、そこで鍛えられたのかも。
「そんな人もいるよ」
嫌な人と出会うと、母はそのひと言で片付ける。
仕事していると、嫌な人に山ほど出会う。
せこい人、人の話を聴かない人、人の悪口を言う人、細かい人。そんな人にイラッとしそうなとき、自分に言い聞かせる。
「そんな人もいるよ」
ただし、わたしは、まだ母ほど人間ができていない。顔に出る。
まだまだ修行中。