小学生の頃、哺乳瓶をつかって栄養剤を飲む長女。バニラ味で長女の好物だったので小児科の待ち時間などに飲ませていました(写真/江利川ちひろ提供)
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「インクルーシブ」「インクルージョン」という言葉を知っていますか? 障害や多様性を排除するのではなく、「共生していく」という意味です。自身も障害のある子どもを持ち、滞在先のハワイでインクルーシブ教育に出合った江利川ちひろさんが、インクルーシブ教育の大切さや日本での課題を伝えます。

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 我が家には医療的ケアが必要な長女がいます。17歳になりましたが、首も座らず寝たきりです。もちろん会話をすることもできず、発語は私を呼ぶ「まぁま」のみです。

 こう書くと「かわいそう」と思われる方もいるかもしれませんね。でも実は、家族はまったくかわいそうとは思っていません。むしろ彼女が生きている世界はいつも自由気ままで、私にはとても幸せそうに見えます。

 今回は、長女のことを書いてみようと思います。

一時期は外出が怖くなった

 現在は、長女は胃ろうにチューブをつないで薬や「エネーボ」と呼ばれる栄養剤を注入していますが、小学生頃までは液体は哺乳瓶に入れて飲んでいました。エネーボはバニラ味で彼女の好みでもあり、受診時の待ち時間などに、飽きてしまわないようにおやつ代わりとしても使っていました。

 ある時に小児科の待合室で長女にエネーボを飲ませていると、3~4歳くらいの女の子が近くに来て長女をじっと見ていました。おそらくその女の子にとっては、自分よりもずっと身体が大きい人がバギーに乗っていることも、哺乳瓶で何かを飲んでいることも初めて見る光景だったのだと思います。すると、その姿に気づいたママが少し離れた位置から女の子に向かって「見ちゃダメ!」と言い、急いで別の場所へ連れて行きました。

 私はこの頃にはもう長女を隠すこともなく、障害のある子どもを知ってほしいと思っていたので、女の子が興味を持ってくれたのはとても意味があることだと受け止めましたが、もしも長女がもう少し小さな頃だったら、ショックを受けたのだろうなと思いました。

 双子の娘たちが赤ちゃんの頃は、ベビーカーに乗せて外出すると「双子ちゃんですか?」と笑顔で声をかけられることがありました。でも、その頃の長女は難治性てんかん(ウエスト症候群)の影響で斜視が強く、笑顔でベビーカーをのぞき込んだ方の表情がサッと変わったり、私と目を合わせずに去ってしまうことが何度かあり、一時期は外出するのが怖くなったこともありました。年配の方に「おめめどうしたの?」と言われ、「ちょっと障害があって」と言うと「かわいそうに」言われましたこともありました。まだ「障害」という言葉を口にするのも勇気がいる頃で、そのたびに「この子は幸せなのかな」と悲しくなったものです。

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江利川ちひろ

江利川ちひろ

江利川ちひろ(えりかわ・ちひろ)/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ。

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