有料の劇場公演だけではなく、無料の野外ショーや子ども向け体験プログラムが数多く実施されたTOHU主催のモントリオール・サーカスフェスティバル(撮影/西元まり)
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 サーカス技術の練習を通して、生きづらさを抱える人々を支える社会変革活動が今、国内外で注目されている。先駆けとなったカナダ・ケベック州モントリオールを訪ねた。AERA 2023年9月18日号より。

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 現在「アレグリア-新たなる光-」大阪公演中のシルク・ドゥ・ソレイユ。その本拠地、カナダ・モントリオールはフランス語圏として街並みもヨーロッパの雰囲気を持ち、ハリウッド映画のロケ地としてよく使われている。歴史あるオールドポート(旧港)は近年再開発され、多くの観光客や市民でにぎわう。モントリオールタワーや大観覧車、ジップラインなどの施設が誕生し、専用VRゴーグルで楽しむ没入型体験施設も増えた。

 
季節ごとに販売される観光向け 「パスポートMTL」(50カナダドル~)を購入すれば、2023年5月オープンの新スポット、 モントリオール・ポートタワー(写真)や、大観覧車、ジップラインなどから選んで体験でき、割引特典も多数  https://www.mtl.org/en/passeport-mtl (撮影/西元まり)
カナダ最大という高さ60メートルの大観覧車(写真)などを選んで体験できる、観光向け「パスポートMTL」(50カナダドル~)  https://www.mtl.org/en/passeport-mtl  (撮影/西元まり)
モントリオールは近代的なビルとクラシックなビルが混在する観光都市で、北米のパリともいわれる(撮影/西元まり)
オールドポート(旧港)を眼下に見下ろすジップラインを、「パスポートMTL」(50カナダドル~)で体験してみた。スリル満点!!  https://www.mtl.org/en/passeport-mtl(撮影/西元まり)

 そんな街で毎夏開催されているのが、モントリオール・サーカスフェスティバルだ。今年は延べ約32万人を動員。世界でも珍しい現代サーカス国際マーケット「MICC」も同時開催され、アジアを含む31カ国から舞台芸術関係者が集まった。

シルク・エロワーズによる野外ショー「ザ・ジャイアント」。モントリオール・サーカスフェスティバルは来年15周年で、7月4~14日を予定。詳細は、https://montrealcompletementcirque.com/(撮影/OBOX)
TOHUで行われた現代サーカス国際マーケットMICCには、サーカス公演のポスターがずらり。各ショーの詳細は、https://montrealcompletementcirque.com/(撮影/西元まり)

主催団体TOHUエグゼクティブ兼プログラミングディレクターのステファン・ラヴォワ(56)は、

「今年は、サーカスカンパニーが市民や社会とのつながりをより意識した、メッセージ性の強い作品が増えた。チケットも早くに完売し、人々が芸術やエンターテインメントを欲していた証しといえる」と話す。

TOHUのエグゼクティブ兼プログラミングディレクター、Stéphane Lavoie(ステファン・ラヴォワ) (撮影/西元まり)
サーカスカンパニーAloftによる作品Brave Spaceは、テントの中で観客が寝転んで観るように誘導するなど、独特の見せ方が印象的(撮影/西元まり)

協調性や集中力を培う

 毎年このフェスティバルで「ソーシャルサーカス・カーニバル」を主催するのが、NPO「シルク・オー・ピスト」(直訳すると「舞台の外のサーカス」。以下、CHP)だ。ソーシャルサーカスとは、サーカス芸術をツールとして活用する社会変革活動で、プロになるための技の習得ではなく、自分への自信や人との信頼関係を取り戻すことを目的とする。サーカスをツールに使うとは、奇想天外ともいえるエンパワーメントの手法だが、安全性を確保した上で専門知識を持つ人と行えば、誰でも体験可能。みんなで楽しみながら新しいことに挑戦することで、コミュニケーション力、集中力、協調性、自尊心などを培う。

 シルク・ドゥ・ソレイユが収益の1%を還元する社会貢献活動として1995年から不安定な状況下にある若者に向け行ってきた「シルク・ドゥ・モンド」プログラムが有名だ。当時、地元のコミュニティー組織と提携して設立されたのがCHPの前身で、2011年に非営利組織として独立した。ここには、ホームレスや薬物依存、心身の障害等さまざまなリスクや壁と対峙する人々が集まる。対象は15~30歳の若者たち。ソーシャルワーカーとサポートコーディネーター、サーカスインストラクターが組んで対象者をサポートする体制だ。ゼネラルディレクターのキャリンヌ・ラヴォワ(46)は、こう語る。

「サーカスは元々マージナル(周縁的)な場所なので、参加者は余計なフィルターを感じずに済む。スタッフや仲間に心身共に支えられる経験を通して自分が受け入れられていると実感でき、新しい家族のようになっている」

シルク・オー・ピスト(CHP)のゼネラルディレクター、Karine Lavoie(キャリンヌ・ラヴォワ) (撮影/西元まり)

 こうしてCHPでは毎年約700人の若者をサポートしている。大きな特徴は、参加者だった人が数年するとサポート側へと成長していくことだ。この循環が持続可能性を生んでいる。

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ソーシャルサーカスに出合って救われた