緊張感もいい刺激
現在カナダには24のソーシャルサーカス活動団体がある。全国ネットワーク「チルカスキナ」を率いるCHPは、若者を全国から招き、文化交流と知識共有のための場をつくる。今年の若手リーダー委員会を取材した。
初日はアイスブレークも兼ねての身体ゲーム。2日目は、それぞれが練習してきた技を披露しながら、カーニバルに参加するためのリハーサルを行う。
参加者のミカエラ・トラン(29)は、5年前にひどく落ち込んでメンタルヘルスを損ない、トロントにある活動団体「ルックアップ・シアター」に飛び込んだ。
「ひとつずつ技ができるようになると、自信が生まれて明るくなれる。緊張感もいい刺激。今はこうして話せるけど、最初は話せなかった。サーカスのショーに出て家族や友達に見せると、言葉で説明しなくても元気になったとわかってくれるのがいい」
薬物依存症を克服
彼女をサポートするヘイリー・ランドリー(31)も、「私は16歳から薬物中毒で、30歳まで生きられるとは思っていなかった。18歳でソーシャルサーカスに出合ったことが私を救い、良い方向に導いてくれた。その後スキルを学んで、3年前にプログラムディレクター兼コーディネーターになった。30歳になった時、母に言ったのよ。『私、生きてる!』って」 と笑顔で語る。
全員でカーニバルの準備を終えたが、本番は大雨のため、家族や関係者を招待してスタジオでの披露に。「体は疲れたけど、がんばった自分を褒めてあげたい」と、みな口々に感想を語り合った。
ソーシャルサーカスの対象となる社会課題は他にも多くある。ケベックサーカス学校には、子どもを虐待から守る特別プログラムや知的障害のある人向けのクラスがある。コーディネーターのマーク・アンドレ・ガンヴィル(33)は、「サーカスの技も、続けてやればいつかできるということを最初に見せることが大切。人を信頼するのが難しい子どもとも、少しずつ信じ合えるようになる」という。
ケベック州マドレーヌ島のサーカス学校では、0歳からの子どもの心身の健康を育む役目を担い、そこで学んだ子どもが島のサーカスフェスティバルのショーやイベントに出演する。
このような活動は今、世界各地で増えている。日本でも、東京パラリンピック開閉会式で活躍し、スローサーカスアカデミーを展開する「スローレーベル」(神奈川県)や、ひきこもり等で生きづらさを感じる人々の居場所づくりを目的とする「瀬戸内サーカスファクトリー」(香川県)などがあり、その対象も、若者をはじめ子どもや障害者、高齢者へと広がっている。今後、ソーシャルサーカスが子ども食堂のように地域に根差し、複雑に絡み合う社会の課題解決へとつながっていくことを期待したい。
(文/ライター・サーカス研究者 西元まり)
(取材協力/TOHU(Festival Montréal Complètement Cirque), Tourisme Montréal, ケベック州政府在日事務所)