投打の二刀流で異次元の活躍を見せる大谷翔平選手。プレーだけでなく、発言にも注目したい。スポーツジャーナリストが印象に残った大谷選手の言葉とは。AERA 2023年8月14-21日合併号の記事を紹介する。
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アスリートの言葉はなぜ私たちの心に響くのか──。
彼らは勝利の瞬間に辿(たど)り着こうと、内臓が焼けつくような思いで身体を鍛え、折れかかった心にムチ打ち、日々もがいている現実を私たちは知っている。
そこから吐き出された言葉は、余分な感情や思惑がそぎ落とされ、むきだしになった魂が叫んだもの。だからこそ、シンプルで洗練された言葉となって私たちの心にストレートに届く。
今やニュース番組の定番になった「本日の大谷翔平」。これだけ注目されれば、彼の一挙手一投足が記憶に残るが、特に印象深かったのは7月のアストロズ戦後の囲みインタビューだった。
「指先はそれだけ繊細ですし、そこまでのプロセスが良くても、最後のひっかかりで(すべて)台無しになってしまうことも」
ピッチングに対する応答であったものの、全てに達観した言葉のように私には思えた。
多くの人は、次々に金字塔を打ち立てる大谷のパフォーマンスに歓喜する。だが、その裏でどれだけ努力しているか。山が高ければ谷も深い。その深い谷から這(は)い上がってきても、最後の一手でまた谷底に逆戻りすることもある。
今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、チームメートから「卵を一日8個食べていた」「パスタには塩だけ」と、そのストイックさを暴露されていたが、大谷はどこ吹く風。逆境に立たされても、遠征先でホテルから一歩も出なくても、取材合戦がヒートアップしても、野球というフレームワークの中で起きる事象をすべて楽しんでいるように見える。
メジャーに移籍する直前、大谷の実家に両親を訪ねたことがあった。大谷を指導してきた父が何げなく語った言葉が忘れられない。
「プロ野球選手にしようとは考えていませんでした。ただ、大人になっても生活の中に野球がある人生を送ってほしかった。野球の楽しさは十分に教えたつもりです」
大谷は、苦難もまた楽しんでいる。だからこそグラウンドで見せる彼の屈託のない笑顔は、国を超え多くの人をハッピーにする。(スポーツジャーナリスト・吉井妙子)
※AERA 2023年8月14-21日合併号より抜粋