「うえっ!!」。ホールの客席内の階段にカニがいる。けっこう、いや、かなりいる。そして20匹に1匹くらいの割合でまだ息がある。生きてるカニはどうやら横歩きで階下を目指して歩いているようだ。階段を降りきった先のステージの真下には、カニの亡骸が帯状に広がっていた。「これどういうことですか!?」と会館の人に聞くと「あー、これ入ってくるんですよ。で、どんどん前に進んでどん詰まりで死んでるんですわ」とカニを箒で掃き始めた。「海が近いからねー」。海が近いからカニが入ってくるホール? ホントかよ? 「しばらくイベントごとがなかったからねぇ、はい、綺麗になりました。今日はよろしくお願い致します」。極度の甲殻類アレルギーのマジックのお姉さんは、悲鳴を上げながら楽屋で着替え、命の危険を顧みずに舞台で懸命に闘っていたっけ。 

 その日の生徒の反応なんか覚えていない。とにかくカニのいたホール、いや、「カニの墓場」で仕事をした……という海の思い出。その時の会館はどこだったんだろうと、Googleマップで調べてみたのだがよくわからない。ただ房総半島はちょっとだけカニの足先に似ている。

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!

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