
池上:2009年に欧州議会は、独ソ不可侵条約が締結された8月23日をスターリニズムとナチズムの犠牲者の追悼の日にすると決めました。さらに欧州議会は2019年、ヒトラーとスターリンによる密約を「民主主義と平和に対する犯罪」とする決議を発表しています。
保阪:19年の欧州議会の決議に対してプーチンは激高したそうです。お前たちはナチスと戦って勝ったと言うけれども、実は自分たちが起こした戦争じゃないかというのがヨーロッパのある種の常識になる。それがプーチンをいたく傷つけたわけです。もちろん欧州議会の態度は、いわゆる歴史修正主義ではありません。歴史をもう一度きちんと事実をもとに見直していこうという実証的な営みで、その意味では極めて健全だと思います。
池上:でも案の定というか、ロシアでは21年7月、第二次世界大戦のソ連の行為をナチスと同一視することを禁止する法律が採択されています。「スターリンとヒトラーは同じようなことをやったよね」とロシア国内で言うと罪に問われるわけです。それで毎年、ロシアが連合国の中で最も多くの犠牲を出してナチスと戦い抜いたんだと、対独戦勝利の日を大々的に祝っています。ロシアの人たちにとって、それしか「真相」はないんですね。この歴史認識の違いはとても深刻ですよ。
保阪:それにしても、スターリンのやったことは社会主義に名を借りた、かなり露骨な軍事主導の帝国主義的な侵略政策そのものでした。それがなぜ戦後も国際社会できちんと批判されなかったのか。社会主義が持っている先進性みたいな幻想が世界の人々の中にあって、そのこと自体が社会主義勢力を批判することをためらわせたのだと思う。これは20世紀に起こったある種の知性の衰弱と僕は見ているんです。