廣瀬陽子教授(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)
廣瀬陽子教授(撮影/写真部・戸嶋日菜乃)

 追い打ちをかけたのが、同年4月、ウクライナとジョージアにNATOの加盟行動計画「MAP」を適用する方針を、当時の米ブッシュ政権が提案したこと。これにプーチン大統領はひどく腹を立てた。そして、その直後の8月にロシア・ジョージア戦争が勃発。その結果、ロシアは、ジョージアの中の未承認国家であるアブハジアと南オセチアを国家承認したのです。ある意味、「コソボの意趣返し」だったと言えるかもしれません。

 いずれにしても、未承認国家をはじめ、エネルギーや政治的な力など手の内にあるものを総動員し、なるべくコストはかけずに欧米に対抗し、勢力圏を維持していく。それが「ロシアのやり方」であり、もっとも合理性があると考えていました。ところが、今回のウクライナ侵攻に関してはそうは動かなかった。私が知っているロシアは消滅した、そう感じました。そして、一連のプーチン大統領の行動はさまざまある選択肢の中でもっとも不幸なオプションを選び続けているようにしか見えない――。私を含め、旧ソ連の研究者たちの多くもそうとらえています。

――プーチン大統領はそうした自覚があるのでしょうか?

 自覚していたかまではわかりませんが、いくつかの誤算があったことは間違いありません。

 そもそも、当初はウクライナの首都キーウを2、3日で制圧できると想定していたようです。だから、軍事的な準備も食糧も、数日分しか用意していなかった。昨年10月ぐらいからウクライナ国境付近に軍隊を集結させてきましたが、その間ですら十分な食糧が行き渡っていなかったようで、ロシア兵が地元の人から食料をもらったり、家族に電話で空腹を訴えたりといった話がたくさん聞こえてきました。

 もともと兵士の士気も低かった。というのも、大半の兵士がウクライナでの戦闘行為を聞かされていなかったのです。秋からの軍事集結はあくまでも「軍事訓練」で、もしウクライナに派遣されたとしても、平和維持部隊だから現地の人たちからは歓迎される、と。ところが、歓迎されるどころか火炎瓶を投げつけられ、罵声を浴びせられた。ショックだったに違いありません。かつ、ウクライナとロシアは民族的に非常に近く、民族間結婚も多い。ウクライナに親戚がいるロシア人は少なくなく、クリミア併合がそうだったように、国家レベルの対立で親族が分断され、殺し合いもしなければならないなんて、受け入れられないというロシア人はとても多いのです。

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「承認欲求で歴史は動く」