猫はあなたを愛してる(撮影/写真部・片山菜緒子)
猫はあなたを愛してる(撮影/写真部・片山菜緒子)
この記事の写真をすべて見る
AERA臨時増刊「NyAERA2020」より
AERA臨時増刊「NyAERA2020」より
AERA臨時増刊「NyAERA2020」より
AERA臨時増刊「NyAERA2020」より
猫カフェでの実験の様子。この日のテーマは「猫は画面をどう認識しているか」。猫たちに複数パターンの画面を見せ、その様子をカメラで録画し、反応を多角的に検証するというもの。4匹の猫が実験に参加した(撮影/写真部・片山菜緒子)
猫カフェでの実験の様子。この日のテーマは「猫は画面をどう認識しているか」。猫たちに複数パターンの画面を見せ、その様子をカメラで録画し、反応を多角的に検証するというもの。4匹の猫が実験に参加した(撮影/写真部・片山菜緒子)

 の研究者集団「CAMP NYAN TOKYO」が、猫に関する知見を広げている。猫らしさゆえ、研究しづらかった猫の知能や行動に対して、科学的な裏付けが着実に進んでいるのだ。

【猫の研究と実験の様子はこちら】

 自分の名前はわかるし、返事もするし、記憶力だって意外といい。何より私のことが大好きだ――。猫の飼い主なら、自信を持ってそう言うだろう。

 けれども猫飼いにとっては常識でも、実証するとなると難しい。猫は個体によって人慣れが違い、気分によって行動が違い、条件をそろえるのが難しい。実験に参加させること自体に困難が伴い、あまり研究されてこなかった。猫の意外な賢さは、猫飼いだけの秘密だったのだ。

 だが、ついに猫を愛する研究者たちが立ち上がった。その名もCAMP NYAN TOKYO(キャンプ ニャン トウキョウ)。コンパニオンアニマルの心の働きを心理学の手法で調べる京都大学CAMP(Companion Animal Mind Project)の、東京支部だ。

■きっかけは反骨心

 メンバーの上智大学総合人間科学部の斎藤慈子(あつこ)准教授は言う。

「きっかけは反骨心でした。世には犬の研究者のほうが多くて、学会で『猫にそんなことがわかるわけない』と言われてしまう。それが悔しかったんです」

 たとえば、「猫が自分の名前を認識している」。多くの飼い主にとっては自明のことでも、実証する場合、適切な実験手法を考え出すことが大きなカギになる。

 斎藤准教授は、猫の名前と同じ音節数の単語を、猫から見えない位置に置いたスピーカーから流して反応を調べる手法をとった。猫の名前も一般名詞も同じ音の高さに設定した。

 猫は、一般名詞の場合は刺激に慣れて反応が薄くなっていったが、自分の名前が聞こえると大きな反応を示した。

 猫が自身の名前を理解していることを示す大きな発見だったが、斎藤准教授は苦笑する。

「飼い主たちには『そんなこと知ってるよ』と、意外と喜ばれなかったんです(笑)」

 猫の知能を実証する研究成果はほかにもある。

 日本学術振興会特別研究員の高木佐保さんが行ったのは、「音からモノの存在を想像する」「思い出を持っている」というテーマ。高木さんは二つの研究で、京都大学在学時代に総長賞を受賞した。

「音からモノの存在を想像する」では、音の出る箱とボールを使って実験した。箱を振って音が出ると、猫は中にモノがあると予想する。逆さにしてボールが出ると納得するが、出てこなければ驚いた反応を見せた。

■猫は未来に思いを馳せる

「思い出を持っている」は、猫にエピソード記憶があるかを調べた実験だ。4種類の皿(A、B、C、D)を用意し、うちAとBの二つにはフードを入れ、Cにはヘアピン(食べられないもの)、Dは空にしておく。猫にはすべての食器を調べさせるが、食べさせるのはAの皿だけ。Aのフードを食べたら一度退出させ、今度は先ほどと同じ4種類の、だがすべてが空の皿を置く。しばらくして部屋に戻すと、食べ残しておいたBの皿の周囲を調べるそぶりを見せた。

「思い出を持つということは、いまの状態から解き放たれて過去や未来に思いを馳せる能力があるということ。想像力や創造力とも関連しているといわれています」(高木さん)

 ぼーっと窓の外を見ているように見える猫も、昨日のごはんや新しいおもちゃについて考えているかもしれないのだ。

 猫好きの胸が躍るような研究はまだまだある。京都大学野生動物研究センターの特任研究員である荒堀みのりさんは猫のDNAを集め、ゲノム解析を行っている。編集者の服部円さんは、猫愛が高じて研究の世界に足を踏み入れた。猫の顔と人間との関係について調査中だ。

 根源にあるのは、「猫をもっと知りたい」という探求心。彼女たちの地道な研究が論文として発表されるのは、数年は先になるという。だが、私たちが猫をもっと深く知ることになる日が、猫についての知見が目覚ましく進歩する明日がきっと来る。(編集部 澤志保)

※AERA臨時増刊「NyAERA2020」より