「赤漆文欟木御厨子(せきしつぶんかんぼくのおんずし)」は、光明皇后が王羲之(おうぎし)の書を写した『楽毅論』や笏(しゃく)など、身の回りのちょっといいものを納めたタンスのようなものですが、それが何代も受け継がれてきた。使っていた人たちが、どういうものを入れていたのかといったことからも、彼らの思いが伝わってきます。

 天皇家の厨子ですから、もっと豪華で立派でもよさそうなのに、わりと素朴なこの厨子を大切に、ずっと使っていた。ですが、家具なんて皆が持っていない時代なので、本当は扉付きの厨子を持っていただけでもすごいんです。普通の貴族は扉なしの棚がせいぜいでした。

 展覧会には、貴重な布製品や楽器類も出品されます。以前、聞いたのですが、布製品は傷みやすいので、博物館へ持ってくるだけで大変らしい。色は当初はもっと鮮やかだったでしょう。正倉院宝物のような、お寺に納められた品々が鮮やかな色をしていると、現代の私たちは「派手すぎる」と思いがちなのですが、昔は色が生活の中になく、「色とりどりの世界は極楽を表す」と考えられてきた。だから、お寺の飾りもきれいでよかったんです。

 時代や環境で憧れるものは違うんですね。琵琶などの楽器も同様で、最近はレプリカもかなり作られるようになったのですが、きっと美しい音を奏でたと思うんです。

 こうした、極彩色、美しい音楽、かぐわしいお香などから、当時の人たちは極楽を体感したんだと思います。そして、それらが今では、私たちが古代の暮らしを考えるうえでの、貴重な証しになっている。

 今回、「正倉院の世界」展(後期)には徳川家康が作らせた「慶長櫃(けいちょうき)」が出ますが、この容器のおかげで、宝物が非常にいい状態で残った。家康は正倉院の大切さがわかっていたんじゃないでしょうか。評価が分かれる人ですが、「家康、いいとこあるじゃん」とも思います。

 長年伝わってきた貴重な文化財を、今後、どのくらいもたせられるか私にはわかりません。でも、ずっと後の世代の人にもぜひ鑑賞してほしい。私たちはそのために努力を続けるべきだと思うんです。

(構成/朝日新聞編集委員・宮代栄一)

AERA 2019年11月11日号

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