政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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トランプ大統領と安倍首相が日米貿易協定に最終合意し、共同声明に署名しました。安倍首相は「両国にとってウィンウィンの合意」と強調しましたが、新聞紙面だけに限って言えば、評価は真っ二つに分かれています。「ウィンウィンとは言いがたい」とみる朝日、毎日や共同通信。一方、「現実を踏まえた次善の策」「次につなげたい」と評価する読売、日経。そのコントラストの違いには驚きました。
そもそも論ですが、発端はTPPから一方的に離脱した米国が日本側に二国間協議を押し付けてきたことにあります。これは工業製品や農産物だけに限定され、サービスその他はまったくその範疇に入らない──。つまり、FTA(自由貿易協定)ではない、という位置づけでした。
背景には自動車への追加関税をどうやって防ぐかという日本の思惑がありましたから、その時点で米国側が優位に立っていました。蓋を開けると、自動車と自動車部品の関税撤廃が全く手つかずのまま、TPPの水準に合わせて豚肉と牛肉と小麦の関税縮小が決まり、コメは聖域を守ったと言われてはいますが、実際は現状維持という状況。なおかつ追加関税についても明文化されておらず、玉虫色のままです。これはどう考えても日本側がかなり譲歩を強いられたとしか言いようがありません。「数量規制をなんとか避けられた」と言っていますが、そもそも今回の合意では明文化されてはいませんから、日本の貿易黒字が続く限り、安心とは言えません。
日本は害虫被害を理由に米国の余剰とうもろこしの追加輸入を決めましたが、実は韓国も日本と同様のことをしています。韓国はトランプ氏との関係をなんとかうまく見せるために米国産のシェールガスを長期購入する約束をしました。つまり、韓国も日本も一言でいうとトランプ氏のディールに乗ることでなんとか鞘に収まる、こういうことに終始したのです。
親密さをアピールしているドナルド、晋三関係ですが、その中身は何なのかという検証が必要な時期だといえます。日本の国民は日米首脳の個人的な親しさの演出ではなく、実態を精査していかなくてはなりません。
※AERA 2019年10月14日号