経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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欧州情勢がまた少々怪しげだ。去る2月7日、フランス政府が駐イタリア大使の召還を決めた。両国の間でこのような外交摩擦が発生したのは、1940年、すなわちイタリアが英仏に対して宣戦布告して以来のことである。
ことの発端はフランスで発生した「黄色いベスト」集団の存在だ。揮発油税の増税等、マクロン政権の「金持ち優遇・庶民無視」スタンスに地方市民を始めとする人々が反旗を翻した。この革命的市民群団に対して、イタリアのルイジ・ディ・マイオ副首相が大接近した。ディ・マイオ氏は、イタリアの「五つ星運動」の党首だ。極右排外主義政党「同盟」のマテオ・サルビーニ党首とともに、現イタリア政権を事実上仕切っている。
「我ら、権力の横暴に対して立ち上がる市民的同志なり」。こんな乗りで、ディ・マイオ氏が黄色いベストの人々にエールを送った。これが内政干渉の極みだというので、フランスのマクロン大統領が激怒し、大使の召還にいたったのである。
この経緯を、さほど大事だと考える必要はない。そういう指摘もある。大使召還は、ことを荒立てずに面子を保つための外交的常套手段。これで一件落着ならそれが一番。そんな解釈だ。
それはそれでごもっともだ。だが、いかに外交上の定石とはいえ、同じEUの加盟国同士でこのようなことが起こるのは、穏やかな話ではない。そもそも、欧州統合の歩みは、欧州各国の間で二度と再び深刻なもめ事を発生させまいという決意の下に始まった。そのはずである。
これが、まだ戦後間もない頃のことだったら、いかに腹が立っても、フランスは大使召還を踏みとどまっただろう。そもそも、フランス政府の神経を逆なですることが目に見えているのに、イタリア政府の要人がフランスの反政府運動家たちに接近することが考えられなかった。
筆者は、フランスの黄色いちゃんちゃんこ集団をなかなか良いと思っている。よく頑張っていると思う。だが、それとこれとは少々別問題だ。親しき仲にも礼儀あり。それを忘れた欧州諸国の先行きが危うい。いや、そうではない。親しきことを忘れつつある彼ら。そこが一番怖い。
※AERA 2019年2月25日号