フランス西部ナントで生まれた音楽祭が今年も東京にやってくる。公演は45分、その料金は最高で3千円。子連れでも楽しめる。常識を覆すコンサートが会場の丸の内や池袋を盛り上げる。
* * *
毎年ゴールデンウィークに行われるクラシック音楽の祭典「ラ・フォル・ジュルネTOKYO」。1公演45分で、料金は3千円以下、そして子連れで楽しめる「0歳からのコンサート」も。クラシックコンサートの常識を打ち破る画期的なコンセプトが注目を集め、開催13回目となった昨年は3日間で40万人以上を動員した。
フランスの港町、ナントで年1回行われるフランス最大級のクラシック音楽イベントの「東京版」。そもそも日本で開催しようと決めたのはなぜなのか。アーティスティックディレクターのルネ・マルタンは言う。
「ラ・フォル・ジュルネが開催される前の日本のクラシックコンサートと言えば、格式高いホールで行われるのがほとんどで、チケット料金も手が届きやすい、とは言い難かった。でも、そうした状況を見て、『既に音楽に魅せられている観客がいる。もしかしたらもっと広い聴衆が日本にはいるのではないか』と思うようになったのです」
日本で出版されている、音楽に関する書籍に目を通したり、実際にクラシックの演奏会に足を運んだりするなかで、「この国では、何か新しいことができるはず」と確信したという。
その予感は的中し、東京で初開催の年に足を運んだ来場者のうち、約7割はそれまでクラシックコンサートを一度も体験したことのない人々だった。
冒頭に記した「0歳からのコンサート」は、本場ナントでも行っていない、日本オリジナルの企画。ちょっとした「勘違い」から生まれた。未来の聴衆である小さな子どもたちを招きたい、という思いがマルタンにはあった。「子どもといっても何歳くらい?」と日本側のスタッフに聞かれたマルタンは、「フランスでは、年齢は0~5歳、5~8歳、8~12歳で分けられるかな」と、何げなく答えていた。
「僕としては、5歳以上を対象にするのかな、くらいに思っていたら、彼らは『0歳から』と解釈していた。初日に大量のベビーカーを見てびっくりしましたよ(笑)。いつか、ナントでも実現できたら」
マルタンは、ラ・フォル・ジュルネTOKYOを「どこかパイロット版みたいな存在」と表現する。日本の来場者の平均年齢は40歳。ナントより10歳若い。
「日本の若い世代を取り込むことに成功しているんですね」
と言うと、
「まだまだこれからだよ。たとえば、レディオヘッドの音楽が好きだったら、ドビュッシーやラヴェルの音楽もきっと好きになると思うんです。もっと若い世代、特に20代を惹きつけ、『橋渡し』をしたいな、と」
数年前まではベートーベンやモーツァルトといった一人の作曲家をテーマにしていたが、近年は「自然と音楽」「ダンス」など、大きなテーマを設け、若手ミュージシャンや現代音楽家たちを積極的に招聘している。今年のテーマは「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」だ。
じつは、マルタンは元ドラマーで、ロックやジャズが好き。そうしたバックグラウンドが、唯一無二の音楽イベントをより豊かなものにしている。(ライター・古谷ゆう子)
※AERA 2018年4月30日-5月7日合併号