故金正日総書記の長男で正恩委員長の異母兄・正男氏が、殺害された。北朝鮮国内ではもはや何の影響力もなかったという正男氏。それなのになぜ、殺されたのか。
「金正男(キムジョンナム)は嫌いだ。やってしまえ」
北朝鮮の金正恩(ジョンウン)・朝鮮労働党委員長が周囲に語っていた言葉だ。故金正日(ジョンイル)総書記の長男、正男氏が13日、マレーシアの首都クアラルンプールの空港で殺害された。韓国の情報機関、国家情報院は15日の韓国国会報告で、背後に正恩氏の指示があったとほぼ断定した。5年前から暗殺計画が存在し、「殺害は、必ず達成しなければいけないスタンディングオーダー(継続的な指示)だった」とした。
背景には、血塗られた北朝鮮指導者家系の歴史がある。
●正男も正恩も同じ庶子
初代の故金日成(イルソン)国家主席が後継者に指名した息子の正日総書記は、同じ血筋の人間を「枝葉(キョッカジ)」と呼んで敵視した。叔父の金英柱・元党組織指導部長を長く地方に幽閉。異母弟の金平一(ピョンイル)氏は海外に飛ばした。正恩氏はもっと過激で、叔父の張成沢(チャンテンソク)元国防副委員長を2013年12月に処刑。張氏の妻で金総書記の妹、金敬姫(ギョンヒ)氏や実兄の金正哲(ジョンチョル)氏も平壌で幽閉状態にある。
北朝鮮の元当局者は言う。
「北当局はプライドが異常に高いし、心配性でもある。選挙で選ばれたトランプや安倍よりも、自分のほうが国民に支持されていると証明したい」
金日成主席は抗日パルチザンの英雄として国民に熱狂的に迎えられたため、その心配が要らなかった。権力継承まで約20年の余裕があった金正日総書記は「ゴルフの18ホールすべてでホールインワンを記録した」「銃を撃てば百発百中だった」など、超人伝説をつくった。
金正恩氏の場合、公式に名前が伝えられてから権力を握るまでの期間が1年半と短く、頼れる人脈も誇れる実績もなかった。