ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、更新された首相在職日数と安倍晋三氏について。
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先日、安倍晋三氏の首相通算在職日数が2887日に達し、歴代首相として最長記録を更新しました。「たかが数字、されど数字」で、世間は数字や記録が大好きです。今も昔も。確かに、あらゆる漠然の上に成り立つ世の中にとって数字は、拠り所となるべく「揺るぎない事実」と言えるでしょう。一方で、「事実」は単なる事実であって、「真実」とは違う。「真実」は必ずしも数字に表して解決できるような明快なものではない。「事実」にまつわる理由・過程・感情・環境・形勢・計算などが多角的に入り交じったもの。それが「真実」です。
なんだか哲学的な話になってしまいましたが、とりあえず安倍さんが金字塔を打ち立てた。これは紛れもない「事実」で、何はともあれ素晴らしい。それまでの歴代1位は桂太郎(2886日)だったそうですが、無学な私は桂太郎を知りませんでした。調べたら明治から大正にかけて3度(第11代・13代・15代)も首相を務めた元武士とのこと。以下、佐藤栄作(2798日)、伊藤博文(2720日)、吉田茂(2616日)、小泉純一郎(1980日)と続きます。果たして「2887日」という数字が、今の時代にどんな意味を持つのか。その「真実」は私たちが導くものです。
私が生まれた75年は、「55年体制」と呼ばれる自民党政権下にありました。中曽根康弘氏の印象が強かった80年代を経て、平成以降は「短命政権」が日本の代名詞でもあった90年代。特に93年には、自民党が下野する光景を初めて目の当たりにするとともに、「55年体制が終わった」というフレーズを擦り切れるぐらい耳にしたものです。なのにこれまた恥ずかしながら、私はこの「55年体制」を、「自民党が与党に君臨し続けてきた期間」のことだと今日の今日まで思い込んでいました。まさかの大勘違い。「55年体制」とは、1955年の自民党結成によって築かれた「与党は自民党、野党第1党は社会党」という構図のことを表し、つまりは93年の自民党下野に際して言われていたのは「38年間続いた55年体制が終わった」という意味だったのです。安倍さんの「2887日」が達成されなければ、今回いろいろ調べる機会もなかったと思うと、記録更新もただの「数字」ではない気がします。ありがとう安倍さん。