

落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「言い訳」。
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「先輩に小言を言われたら絶対に言い訳をするな」と、師匠に言われました。後輩はただ頭を下げ続け、先輩の気が治まるのを待つ。理不尽に耐えるのも修業。「思考停止」すりゃいいので、楽っちゃ楽かな。
先輩には逆らわないけど、お客さんにはけっこう言い訳します。高座がウケなかった時とか。直接は言えませんが、高座を下りたあと楽屋ではけっこう言い訳します。
「今日は陰気な客だなー」とかね。『陰気』にしたのは誰なんだよ!? って話ですが、これ言う噺家、けっこういます。私もたまに言います。誰にぶつけるでもなく楽屋の中空を見つめながら。お客の気性のせいにして、自分の失態をなかったことにしたい、切り替えたい、という芸人の本能でしょうか。
「顔は笑ってるんだけどね、声に出さないお客だね」も言いますね。笑い声を出させるまでには至らなかったけど、俺はやるべきことはした、というアピール。類似に「品のいいお客さんだな」。上品な人は声を出して笑わない、という勝手なイメージが噺家にはあります。かなり古いイメージです。
「だいぶ疲れてるなー」は、自分でなく、お客さんのことを指します。なんでお前にわかるんだよ!と言いたくなりますね。だいたい笑えないくらい疲れてる人は寄席に来ませんからね。
「ジジイババアばかりでダメだな!」。言ってる噺家もジジイだったりします。あんたも同世代じゃないか!と心のなかで若手は突っ込みます。
「ガキばっかりで、落語わかんねーなー」。感度のいい若者をウケさせないでいつ誰を笑わせるんだよ! 若手が言ってたりすると、もうどうしようもない。
「前座さん、客席の冷房強すぎじゃないの?」。適温です。一番のクーラーはあんただよ! と口には出しませんが、そんな顔もせず「はいっ! 確認してきます!」と前座は駆け出します。前座はつらいよ。