夫:「いい火事だった」って言ったんですよ! 何言ってるんだと思ったら「誰もケガしてないじゃないの。それで済んだなんて、よかったのよ」って言う。どれだけプラス思考なんだと。
妻:考えたところで事態は変わらないもの。
夫:次が「お父さん、この土地、買いましょう」。店をなくしたばかりなのに!
妻:銀座の物件にありがちなんですけど、地主と建物のオーナーが別だったんです。で、これを機会に、ここを買いましょうよと。
夫:それでも数日間は僕、心身ともに疲弊して憔悴してた。そしたらこの人、50万だか100万だか、お金をぽん、とくれて。「これで熱海へ行って遊んでらっしゃい」って。
妻:そうだったわね。
夫:それでほんとに行ったんです。もともと、大好きな土地でね。一人で温泉に入って、芸者をあげてどんちゃん騒ぎ。そして翌朝一番の電車で帰った。
妻:そこからの彼は本当にすごかったですよ。
夫:よし! 俺はやる! もう大丈夫だ、って。生まれ変わった気分でした。
――店には毎日顔を出すが、息子に運営を任せている。大型犬7頭、猫5匹に囲まれ、悠々自適の日々だが、実は3年前、夫は大ケガをしたという。
妻:深夜、庭で足を踏み外してね。この人、犬と一緒に、外でお酒を飲んだり、散策したりするのが好きなんですよ。その日も12時過ぎだったかしら。私はベッドに入ってたんですけど。
夫:暗がりで、足を滑らせたのかな。高いところから、どしーん、と。
妻:そのとき、昨年の冬に亡くなったシャクティっていうシェパードが大騒ぎして私を呼びに来たんです。
夫:そうそう。
妻:実は私とその子は、すごく仲が悪かったんですけど(笑)。どうも鳴き方が尋常じゃない。ついていくと、主人が倒れてた。
夫:救急車で運ばれ、集中治療室に。脊髄損傷と肋骨骨折でね。肋骨の一部が肺を傷つけてた。
妻:そのシャクティも昨年、がんで亡くなってね。
夫:悲しくて、今も思い出すだけで涙が出ます。