鈴木博文鈴木博文
鈴木博文『どう?』 メトロトロン・レコード(METROTRON RECORDS) noteron―1009鈴木博文『どう?』 メトロトロン・レコード(METROTRON RECORDS) noteron―1009
 ムーンライダーズの鈴木博文の新作『どう?』に驚いた。「凄いよねアレ、俺も驚いた!」と兄の鈴木慶一も脱帽し、絶賛!

 幕開けの「天国の監獄」。ベース、ドラムス、サックスによる鈍い重低音と、幾重にも重ねられたギターの炸裂は爆音サイケそのもの。鈴木博文の歌声まで歪んでいる。

 かと思えば、ジャングル・リズムにレゲエ的なニュアンスを交えた「突然の平凡」、のどかな「五月の牛」。スローなブギやシャッフルにしても音楽構成は実にシンプル。リズムボックスやアナログ・シンセを起用したポップなアンビエント・テクノ風、1970年代のケヴィン・エアーズ風なども顔をのぞかせる。そんなミニマルな演奏、サウンドに意表を突かれた。

 鈴木博文といえば「大寒町」や「くれない埠頭」といった叙情味のある作品や、岡田徹との共作による「いとこ同士」や「モダーン・ラヴァーズ」などムーンライダーズで手がけた作詞で知られ、詩人としての評価が高い。そして、早くからメトロトロン・レコードを主宰し、ソロ作と同時に後進のアーティストやグループを紹介してきた。

 数多いソロ作の中では初期の『無敵の人』『三文楽士』、近年では『凹凸』が印象深いが、とりわけ話題を呼んだのが前作の『後がない。』だ。老いを意識した男の切羽詰まった心情を描いた作品を収録しているが、メロディーは温かく、語り口は穏やかでクール。ライナーにはこう記した。

「何気なく人前で音楽をしてきて41年目、マイペースなどという罠にはまらないように生き急がなければならない。『後がない。』のです。焦燥も昏迷も、覚悟も混迷も、温和も粗暴も何から何まで音に詰め込みたかった」

 同作での「後がない。」宣言とは裏腹に、今回の『どう?』は、新たなステージの第一歩を物語るように果敢で意欲的だ。当人曰く「『後がない』とした宣言をあっさり打ち消すのって、どう?ということで鈴木博文13作目アルバムは『どう?』になりました」とは人を喰った話だが、大きな変化を望んだ結果だったという。

 音楽面でのプロデュースは、他のミュージシャンに委ねた。パートナーとして選んだのはソロ・ユニット、ayU tokiOとして活動している猪爪東風(いのつめ・あゆ)。ムーンライダーズのトリビュート盤で鈴木博文作詞、白井良明作曲の「ディスコ・ボーイ」を取り上げていたのがきっかけだ。

 今年63歳の鈴木博文に対し、猪爪は30代前半。まずは2曲ほど試したところ、予想外の展開に驚き、すべての作品を委ねることにしたという。

 
 顔を突き合わせてのレコーディングではなく、鈴木が送った歌や演奏をバラバラにした“音”のデータから、猪爪は鈴木の歌だけを取りだし、自らギター、ベース、キーボードなどを手がけ、キーボードのやなぎさわまちこ、ドラムスの夏秋文尚、サックスの森田文哉などと伴奏のトラックを作成し、完成させたという。

 鈴木博文は作詞、作曲と歌唱を手がけたのみ。ビブラートを特徴とする張りのある歌声やしなやかで明快な表現。叙情味のある作品での穏やかな表情など、鈴木博文の個性的な歌唱と歌詞を際立たせ、それに呼応したサウンドを生んだ猪爪の貢献は大きく、その手腕は見事だ。

 比喩の巧みな鈴木の歌詞はなかなか理解しがたい。しかし、歌詞カードから離れてその歌、演奏に耳を傾ければ、さまざまな想像をかきたてられる。

“後いくばくもない人生だから 監獄の中で暮らしたい”と歌われる「天国の監獄」は痛烈。老後の生活に不安を抱える者にはシリアスこの上ない話だが、これからの社会、将来への不安が思い浮かぶ。“都会の化石を今作る男たち”という歌詞が耳をひく「突然の平凡」からは文明社会への批判がのぞいて見える。

 一方、これまでの人生を振り返り、“ここにいるのは さまよう自分だけ”と歌われる「捨てたもんじゃない世界」は、飄々とした歌いぶりと、ユーモラスで滑稽味もあるポップなアンビエント・テクノ風のサウンドがシンクロ。“もう一歩 踏み出せば わかるはず”という最後の一行が意味深だ。

 そして、「Breakwater Man」。防波堤で海を見張り続ける男の退屈な日常の描写から、詩人としての存在を改めて認識させられた。やなぎさわとのデュエットによるフェティッシュで官能的な「快感の形」や「膝頭の住人」も、軽妙で洒脱な味わいがある。

 ハイライトは、長年連れ添ったカップルを描いた「湖沼にて」と「崖」。別れを迎えたカップルを描いた「崖」の“もし好きなら そっと背中を押して”という最後の一行は、鈍く光るナイフのように強烈だ。私が初めて耳にしたのは本作発売前のライヴでのこと。胸を突き刺す歌詞を耳にし、そのタイトルが「崖」と知ったときの戦慄が蘇った。(音楽評論家・小倉エージ)

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