放送作家でコラムニストの山田美保子氏が楽屋の流行(はや)りモノを紹介する。今回は、チロリアの「バウムクーヘン」について。
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この何年かで、バウムクーヘンほどバリエーションを増やしたお菓子というのもないのではないか。
ネットで検索すると、さまざまなメーカーがヒットし、地域ごとの人気ランキングや、百貨店への出店情報などが出て来たりもする。
あの片岡愛之助と藤原紀香の結婚披露宴の引菓子にも「和光」のバウムクーヘンが採用された。本場ドイツで「木の菓子」の意味があるこのお菓子は長寿や繁栄のしるしとして、19世紀頃から祝い事にしばしば利用されてきたという。
私の世代だと「ユーハイム」だ。学校帰り、東急文化会館(現・渋谷ヒカリエ)1階にあった同店によく立ち寄った想い出がある。今、テレビ局でよく見かける「バウムクーヘンの差し入れベスト3」は、「クラブハリエ」「マダムシンコ」「ねんりん家」あたりだろうか。
だが、新顔含め、本当にたくさんメーカーがあるので、このランキングはけっこうな頻度で入れ替わる。
そんななか、京都の撮影所に出入りする俳優らがよく利用することで知られているのが「チロリア」のバウムクーヘンだ。私は俳優の三田村邦彦さんからいただいたことがある。
特に強調されているのは「喉越しの良さ」で、美味しさの秘密は「口どけよく、飲み物を飲まなくても喉を通る……」とある。
確かに、バウムクーヘンは口に入れるときの大きさに気を付けないと、喉にくっついたり、むせたりしてしまい、慌てて飲み物で流し込んだ経験が私にもある。が、「チロリア」のそれは、四十数年前、東京で「人気ナンバーワン」と言われた「トロイカ」(閉店)で修業をした店主が美味しさを研究しながら継続し、一本一本、心をこめて焼いているとか。その秘密は「直火焼オーブン」だというのだ。
レシピにさまざまな材料を加えても、熱を利用するオーブンで焼いている限り、「しっとりしたバウムクーヘンが作れない」と、既に三十数年前から製造されていない直火焼オーブンをメーカー4社に依頼。でも「聞いていただけず、やむなく自分で作ることになった」と。だから件(くだん)の説明書には機械の写真と共に細かい文字で店主の熱き思いが綴られていたワケだ。
「東京でも全国でも幻」と店主が胸を張る、京都の撮影所に出入りする俳優ら御用達の“京菓子”なのである。
※週刊朝日 2016年11月11日号