『つつんで、ひらいて』は12月14日より東京のシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開 (c)2019「つつんで、ひらいて」製作委員会
『つつんで、ひらいて』は12月14日より東京のシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開 (c)2019「つつんで、ひらいて」製作委員会
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 装幀の力。それは、人の心に強く響く本の「顔」――。

 装幀界の第一人者、菊地信義の創作現場に、一台のカメラが入った。約3年にわたり撮影された映画『つつんで、ひらいて』が、2019年12月14日にいよいよ公開される。「一冊の本」12月号(朝日新聞出版)に掲載された、広瀬奈々子監督の寄稿を、特別にお届けする。

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■ルーティンを守りまっさらに

 2018年3月。菊地信義さんと初めてお会いして4年、ドキュメンタリーを撮り始めて3年の時が経っていた。まだまだ撮りたい私と、もうそろそろ撮り終えてほしい菊地さんの我慢比べもいよいよ最終章。最後に、通勤風景を撮影させてほしいとお願いした。銀座の松屋ビルの出口で待ち合わせ、少し離れたところからカメラを構える。菊地さんは午前10時きっかりに現れた。回してますよ、とアイコンタクトをとる。通り過ぎた菊地さんの背中を追いかけ、通い詰めた仕事場までカメラを回した。

 菊地さんの自宅は鎌倉にある。毎朝同じ時間の電車の同じ車両に乗って、約2時間かけて銀座の事務所に通う。仕事をする前に「樹の花」という喫茶店に立ち寄り、いつもと同じ奥の席でフレンチ・コーヒーを二杯飲む。服は頭から足のつま先まで全身真っ黒。仕事机は整理整頓され、その日に取り組む作品だけ出して机に向かう。玄関に置かれた大きな壺に、季節の花や実のなった枝が品良く生けてある。昼食も毎日同じ時間に取り、作業が終わっていなくても、17時か18時には事務所を後にする。

 常にきちんとこのルーティンを守る菊地さんの律儀さは、デザイナーというより、まるでサラリーマンのようである。自分の決めたルールに従い、同じ関係性を維持し、淡々と仕事をこなしていく作家然としない態度の一つひとつに、装幀という仕事の本質を見ているような気がした。そうやってそれぞれの作品と対峙するために、毎日自分をまっさらにしていると菊地さんは言っていた。無理をしている風ではない。おそらく元来、気っ風がいいのだ。

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自分ではなく言葉のために