●おかげで境内は大混雑に
昨今の寺社ブームのおかげで、礼儀正しい参拝者が増えたことも混雑に拍車をかけている。参道正面からしっかり拝殿やお堂へ向けて列を作り並んだり、「左手、右手、手に受けた水で口をすすいで杓を立てて持ち手を流す……」といった作法をしっかり守る人たちによって手水場にさえ列ができる。8の字にくるくる回る茅の輪に至っては、5~6人で大渋滞になってしまう。
神さまや仏さまに失礼があってはいけない―─と思う気持ちは理解できるのだけれども。
●無礼な参拝者も比例して増加
寺社の気持ちもよくわかる。
礼儀正しい参拝者が増える一方で、土足で昇殿したり写真撮影禁止と書かれた拝殿やお堂の中で平気でスマホを向ける輩、参拝せずに御朱印だけを求める人など、目を覆いたくなる人たちに出会うことも増えた。
「正式な参拝方法」と書かれたポスターの掲示は、こういった無礼な人たちに向けたものなのだろうと思う。もともと「礼儀正しくしたい人」たちには何も言う必要がないからだ。
●いつから「正式」な参拝が重視され始めたのか?
それでも20年ほど前までは、何回礼をするのかも何度柏手を打つのかも、とても自由で気ままだったように記憶している。一体いつから現在のように細かく言われるようになったのだろうか。調べてみると、ある有力な情報にあたった。
2007年にとある有名占い師がTVで、神社での参拝方法に男女の差があるといったようなことを発言した。これに接した全国の神社の神職たちは強い懸念を感じ、そのような差はなく「二拝二拍手一拝」が正式な作法であることを広く告知する必要性を感じたという。影響力が強い人物の発言だっただけに、これを打ち消すのにずいぶん苦労したと聞く。最近よく目にする神社の境内に掲示された参拝方法などのポスターは、これ以降よく見かけるようになった気がしている。
思うに、本来的に大事なことは「二拝二拍手一拝」や自分の住所や氏名を述べるといった、「正式な参拝方法」ではなく、心の持ちようなのではないかと私は思う。少なくとも、目上の人に挨拶をする時に遣う気ぐらいはもってほしいものだ。拝殿やお堂の前でいくら列を作っても手を合わせても、帽子を被ったままだったり、手袋をしたままだったりは神仏に対してだけでなく、誰に対しても失礼極まりないと思うのである。そう考える人たちが増えるならば、少しは拝殿前の混雑は緩和されるのではないだろうか。