皇太子妃・雅子さまが9日、55歳の誕生日を迎えた。誕生日の日にあたって宮内庁が発表した文書では「この先の日々に思いを馳せますと、私がどれ程のお役に立てますのか心許ない気持ちも致します」としながらも、「国民の幸せのために力を尽くしていくことができますよう、研鑽を積みながら努めてまいりたい」と、新天皇即位と皇后としての役割を果たすという覚悟をにじませた。
来年5月、今上天皇は「上皇」になり、民間出身の皇太子妃として「ミッチー・ブーム」を巻き起こし、圧倒的な人気を誇った美智子さまは日本で初めての「上皇后」として新たなステージを迎える。50年以上も美智子さまの取材を続け、「心にとどめておきたい 美智子さまの生き方38」(朝日新聞出版)の著書がある皇室ジャーナリスト・渡邉みどりさんに、退位後の活動などについて聞いた。
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――美智子さまに代わり、雅子さまが皇后になるまであと5カ月と迫りました。これまで美智子さまは雅子さまに対してどのように接してこられたのでしょうか。
美智子さまの雅子さまに対する心遣いは、いたるところに感じます。例えば、皇太子殿下との婚約が正式に決まった平成5(1993)年2月には、天皇皇后両陛下と秋篠宮ご夫妻、紀宮さま、小和田夫妻、雅子さまの2人の妹がテーブルを囲んだ夕食会。両陛下のはからいで実現したものですが、天皇家と一般人が夕食会を開くことは異例でした。
その席で、美智子さまは7カラットのルビーの指輪を雅子さまに贈っています。これは歴代皇后からの伝来の品で、直接受け取った雅子さまはその場で左手の薬指に付けて帰宅されました。
皇族や華族以外の"民間"から皇室へ嫁ぎ、結婚前にはプレッシャーからお痩せになったことや、流産という悲しい経験をされたという共通点もあります。美智子さまは66歳の誕生日の文書で、「流産は、たとえ何人の子どもがあったとしても悲しいものであり、初めての懐妊でそれを味わった東宮妃の気持ちには外からは計り知れぬものがあったと思います。体を大切にし、明るく日々を過ごしてほしい」と綴り、温かなご配慮を感じました。