豊田社長は孫社長のことを「たたき上げの創業者」と評する。孫社長は1979年、22歳の時、米国で最初の会社を興してからは、社長以外の仕事をしたことがない創業経営者である。一方、豊田社長は豊田自動織機を創業した豊田佐吉を曽祖父に持ち、トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎は祖父である。創業家一族ではあるが、豊田社長は自らが新しい事業を始めた創業者ではなく、継承者にすぎない。

 特に祖父の喜一郎に対する思いはことのほか強い。「継承者は挑戦者でなくてはならない」と豊田社長はよく口にする。喜一郎は自動織機の未来を案じ、1930年代に自動車産業への進出に乗り出した。だが敗戦後にトヨタ自動車が経営危機に陥り、退任。社長に復帰する直前に急逝した。この喜一郎を念頭に「先人たちはなにもいい所を見ていない」と豊田社長はよく言う。0から1を生み出したトヨタの創業者らは苦労ばかりで果実を得ることはなく、その後会社を発展させた継承者は創業者らが手にすることがなかった果実を得ているという負い目があるのだろう。その思いが豊田社長の「創業者への憧憬」となっているように思う。

 豊田社長は4日の共同記者会見で「たたき上げの創業者」の孫社長についてこうも話した。

「孫さんには憧れるところがある。ど根性、負けてたまるかという思いには共感する。孫さんは私にとってLiving(生きている)創業者です。佐吉や喜一郎に迫るヒントを与えてもらえるのではないかと思う」

 喜一郎は佐吉が起こした自動織機事業から自動車産業へと大きく事業構造を変えた。いわば第2の創業である。いま「100年に一度の変革期」と呼ばれる時代になって、トヨタは単にクルマをつくるメーカーから「モビリティサービス」を提供する会社へと進化させようとしている。それは第3の創業と言える。

 継承者たちが第3の創業を担うには、創業者の挑戦的な思考方法、行動様式を学ぶ必要があるのかもしれない。豊田社長にとって今回のソフトバンクとの提携は、生きている創業者から直に創業者の空気、匂いを吸い、今のトヨタに挑戦する風土を築こうとしているのではないか。だからこそ孫社長に対する遠慮、気遣いが豊田社長にはあるのだと思う。

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