相談者さんにおすすめしたいのは、おもちゃを買い与え、息子さんの「物欲」を満たすことができたら、それを「他人と共有する」ように諭すことです。「独占」は、「仁」にかなうものでなく、あさましい生き方です。「買ってもらったおもちゃは、独占しないでお友達とみんなで楽しもうね」などと教えてあげてはいかがでしょうか。息子さんが「道」に外れたことを感じて自制するか、それでもさらに自分の欲を追い続けるかは、本人の選択です。
「論語」には、弟子の曽子が孔子の人となりを伝えた言葉として、「夫子(ふうし)の道は、忠恕(ちゅうじょ)のみ」(里仁第四)と記されています。「忠」とは「自己の良心に忠実なこと」、「恕」とは「他人を親身に思いやること」。これは「がめつい」「あさましい」「貪欲」というのとは、全く反対のことでしょう。「所有」から「シェアする」へと社会の趨勢が変化している今こそ、こうした「忠恕」の道をお子さんに教えることも大切でしょう。
相談者さんは、「報酬がなければ努力しない子」になることを心配しておられるようですが、「報酬」は、大人になると自分で自分に与えることになるでしょうから、心配は無用です。たとえば努力した結果、試験でいい点数が取れれば、それも「報酬」です。高い地位を得たり、裕福な生活ができたりするのも、計画力や技術力などを磨いた結果得る「報酬」と言えるでしょう。孔子が言うように、もし、正しい「道」によって財産や高い地位を得たなら、歓迎されるべきなのです。「報酬」というニンジンを、目の前にぶら下げて、全速力で走らせるということが必要な場合もあるのではないでしょうか。
【まとめ】
子どもの物欲自体を否定しないで。おもちゃを友達と共有するなど、正しい「道」を示してあげて。
山口謠司(やまぐち・ようじ)/中国文献学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞受賞。著書や監修に『ステップアップ 0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など多数。母親向けの論語講座も。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族。