一方、被験者に他人の顔の写真を一瞬見せたときには、扁桃体という部位が活動していることがわかった。扁桃体は、不安や恐怖などの感情と関わりがある。

「脳の中では、他人の顔に対して、恐怖とまではいかないまでも、警戒するような反応が自動的に(無意識のうちに)起きているといえるでしょう」(中野准教授)

 ちなみに、画像加工アプリなどで自分の顔を適度に「盛った」写真を見せたときは、「盛っていない」自分の顔の写真を見せたときより、ドーパミンがより多く出るそうだ。ただし、あまりにも「盛りすぎた」写真を見せたときにはドーパミンは出ず、逆に、他人の写真を見せたときに反応する扁桃体がはたらいてしまうという。「盛りすぎた」写真は、自分の顔と認識できなくなるからだろう。

●勉強中に自分の顔を見たらやる気がアップする?

 これらの実験結果から、人間の脳には、他人の顔よりも自分の顔を優先的に見ようとするはたらきがあることがうかがえる。なぜだろうか。

「自分の顔の情報が重要だからでしょう。自分の顔を見ると、健康状態のほか、自分が他人からどう見えているかを客観的に知ることもできます。それは、生きるうえでとても役立つ情報です。だから、脳はドーパミンを出して、自分の顔にもっと注意を向けさせ、何度も見させようとするのだと考えられます」(中野准教授)

 では、そんな脳のはたらきを、さらに利用できないだろうか。例えば勉強中、鏡で自分の顔をチラリと見れば、やる気がアップするのではないか。しかし、中野准教授は苦笑いしながらこう答えてくれた。

「それは難しいところですね。ドーパミン報酬系は、ドーパミンが出たという情報を、そのきっかけになった行動と結びつけるので、ただ鏡で自分の顔を見るだけでは勉強が手につかず、鏡ばかり見てしまうおそれがあります」

 なるほど。では、映像を使った学習教材の途中に何カ所か、ほんの一瞬だけ自分の顔を挿入しておけば、何度もその映像を見たくなるのでは?

「可能性はあるかもしれません。実験で確かめたわけではないので効果は保証できませんけれど……」(中野准教授)

(サイエンスライター・上浪春海)

※月刊ジュニアエラ 2021年10月号より

ジュニアエラ 2021年 10 月号 [雑誌]

朝日新聞出版

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