高校時代「帰宅部」だった須山が短期間で実力をつけたのは、本人の資質に加え、東大相撲部という環境も大きいだろう。その実力は「未経験者組」の大学の中では常にトップクラス。OBである新田一郎部長は全国学生相撲選手権で2年連続個人ベスト32に入った実力者だ。上下関係はフラットで、下級生が上級生や監督、部長にも自らの意見をぶつけ、議論しながら考えて練習に取り組む風土がある。

 勝負度胸の良さも光る。強豪相手にもひるまず、キッと相手をにらみつけ、存分に力を発揮する。大相撲の世界で言えば、「稽古場より本場所で強い」タイプだ。1年生時の大会で、金髪で国技館の土俵に上がり、周囲を驚かせたこともある。

 木瀬部屋に入門したのも最良の選択だろう。特徴の一つは、学生相撲出身力士が多いこと。ただし、アマ横綱や学生横綱に輝いて鳴り物入りで入門する者よりも、十分な成績を残せず、入門時にはそれほど話題にならなかった者が多い。木瀬部屋では、彼らが通常の稽古以外にも自主的に稽古し、それぞれの課題克服に熱心に取り組む姿が見られるという。超個性派の人気力士・宇良をはじめ、そんな環境で実力を伸ばし、花を咲かせる者が少なくない。大学から相撲を始めた須山にとっても、さらに力を伸ばす理想的な環境といえるだろう。

 大相撲の世界では、番付が十両以上になれば一人前の「関取」と呼ばれ、身の回りの世話をする付け人がつき、豪華絢爛な化粧まわしをつけて土俵入りもできる。過去の国公立大学出身者4人の最高位は庄司(埼玉大学、武蔵川部屋)で、十両より1ランク下の幕下43枚目。一ノ矢(琉球大学、高砂部屋)、弓の里(高知大学、鳴戸部屋)、舛名大(名古屋大学、千賀ノ浦部屋)は幕下の1ランク下の三段目が最高位で、まだ十両に昇進した者はいない。須山が十両昇進を果たせば、国公立大学出身初の快挙となる。

 とはいえ、大相撲の世界の壁は、学生相撲よりもさらに分厚い。番付を上げていけば、学生相撲の「経験者組」よりもはるかに実力が上の者たちとの対戦が待っている。十両以上を目指すには、さらに大きくする必要があるだろう。毎日の稽古も、大学時代とは比べものにならないほどきつくなるに違いない。

 思い出すのは今から4年前、1年生の秋のある大会での姿だ。まだ相撲経験の浅い須山は、自分より実力も体もはるかに上回る経験者相手にふっ飛ばされ、黒星を重ねていた。突っ張りをまともに顔面に食らい、鼻血まみれになった。それでもまったくひるまず、目を光らせて果敢に挑み続けた。そんな経験を経て力をつけ、強豪から次々と殊勲の勝ち星をあげるまでになったのだ。

 プロ入りしてからも、あの時と同じように、ひるまず立ち向かって壁に挑んでほしい。そんな姿が「東大」という看板抜きに一人の力士としてファンの心をとらえた先に、十両昇進という吉報が待っているはずだ。(相撲ライター・十枝慶二)

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